仕事

コロナで閉店を決意、銀座イタリア料理店の苦渋「雇用を守れなかったのが悔しい」

「店は潰れてもいいが経営者として雇用を守ることが出来なかったのが悔しい」

青池氏

閉店させる店舗で後片付けをする青池氏

 6月中旬になるとランチが賑わう日もあったが、依然としてディナーは厳しい日が続いた。6月下旬には売上がコロナ前の40%にまで落ち込み、スタッフ達からも「この客数・売上で本当に店の経営は大丈夫なのだろうか」と不安に思っている様子が伝わってきた。そして6月末についに、8年間青池氏を支え続けた古株のスタッフが青池氏にこう言ったという。 「もうこれ以上続けるのは難しいんじゃないですか。我々のことはいいですから、会社とタカさん(=青池氏)だけはなんとか生き残ってください。みんなはオーナーとして最後まで戦ってくれたことに感謝していますよ」  そうして青池氏は2店舗を7月末に閉店することを決意した。  全店舗を閉店しようと思った瞬間もあったというが、「それでは再起するきっかけを失ってしまう」と考え、固定費が安く、設備も老朽化していない『ラ・ボッテガイア』を残すことに決めた。 「『ラ・ボッテガイア』は路面店でガラス張りなのでお客様も入りやすいお店です。そして小さな店なので最悪1人でも営業できます。何より、固定費をどこまで下げられるかで生き延びられる時間が変わりますので、3店舗の中で家賃が一番少ないというのは大きかったですね」  固定費――取材中、青池氏の口から何度も出た言葉だった。  材料費や電気代などの変動費は売上の減少に連動して減る。しかし、固定費である家賃だけはたとえ営業自粛中であっても容赦なくのしかかってくる。そして、3店舗のうち2店舗を7月末で閉店することを決めたとはいえ、「8月からは2店舗分の家賃は払わなくていい」わけではない。 「私が借りている物件は6か月前に解約の告知をしなければならない契約。私は6月末に解約を申し入れましたので、8月から12月までは営業をしなくても家賃はかかります」  どうせ払わなければいけないのだったら営業したほうがいいのではないかと、客観的には考えてしまうが……。 「7月末で閉店するための費用は最大いくら位なのかが読めます。しかし、営業を続ける場合、赤字がどのくらい拡大するのかは読めません。この状況がいつまで続くのかはわからないですし、また営業自粛要請があるかもしれません」  さらに、2店舗の営業を7月末で辞めるのには大きな理由があるという。 「6か月分の家賃は払わなくてはいけませんが、たとえば『この場所を9月から借りたい』という新しいオーナーさんが見つかれば、家賃を払うのは8月まででよくなるのです。そこに賭けた部分もありました。でも一番の理由は、スタッフの再就職です。12月まで営業を続け、そこで閉店をすれば解雇は年末になります。それでは再就職が今よりももっと厳しくなっている恐れがありますから」  スタッフのことを最優先に考えた結果、「今なら次の仕事がみつかるのではないか」と考えたことが7月末閉店の一番大きな理由だった。 「悲しかったのは、『飲食業ではない別の仕事を探す』というスタッフが多かったことです。また次の店でも同じことが起こるのを恐れているのでは……と胸が苦しくなりました。みんな飲食業が好きで、お客様から『ありがとう』と言われることにやりがいを感じてくれていたのに……。僕のせいでそんな想いまで奪ってしまったのではないかと辛かった」  取材中、青池氏が一番気にかけて口にしていたのがスタッフのことだった。 「お店は最悪潰れてもいいんです。でも経営者として雇用を守ることが出来なかったのが何よりも悔しい。お店を閉店したとしても雇っているスタッフ全員が食べていけることができる道があれば全力でやりますよ。でも現実としては難しかった。雇っている15人ほとんどを解雇しなければいけないのが何よりも辛いです。スタッフは資産であって負債ではないのに」

「オリンピックがあればきっと過去最高益だった」それでも前を向く

 そんな悔しさや無念を無駄にしないためにも、青池氏はいま前を向いている。 「今後は、『テリーヌ・ショコラ』と、『林檎とクルミのゴルゴンゾーラチーズケーキ』の通販・店頭での販売を強化していこうと思います。増産できる設備を少しずつ整えて事業の柱のひとつにしたいですね。酒類販売業免許も正式に取得して、ワインの通販やオリーブオイルの販売なども始めようと考えています。  コロナの収束がまだ見えない中、店に来てください! とは言えません……いかにご自宅での食事の中に入り込むかを考えなければいけないのかなと」  最後に、青池氏は「オリンピックが開催されていればきっと今頃は過去最高益を記録していたはずだったんですけどね……」と呟いた。「でも僕はまだマシなのかもしれません……閉店することすらできない経営者の方もいることを思うと……」  経営者としてコロナ禍の中どうすべきか、何が正解かは誰にも分からない。それでも「正しかろう」答えを導き出さなくてはならない現状がある。<取材・文/松本果歩、撮影/藤井厚年>
恋愛・就職・食レポ記事を数多く執筆し、社長インタビューから芸能取材までジャンル問わず興味の赴くままに執筆するフリーランスライター。コンビニを愛しすぎるあまり、OLから某コンビニ本部員となり、店長を務めた経験あり。X(旧Twitter):@KA_HO_MA
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