テレビは死ぬのか?「ハイパーハードボイルドグルメリポート」騒動に見る危機感
文/椎名基樹
テレビ東京制作の音声ドキュメント「ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision」が4月28日から始まった。Spotifyから配信され、毎週水曜日に更新される。「no vision」の名前が示す通り、音声のみのコンテンツである。「ハイパーハードボイルドグルメリポート」は、「ヤバい人たちのヤバい飯を通して、ヤバい世界のリアルを見る」というテーマのもと、世界の危険地帯を取材したドキュメンタリー作品だ。2017年から不定期特番として、地上波放送されていた人気番組であり、ディレクターの上出遼平の名前を世に知らしめた。
その音声版が「ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision」であり、その第一話は「右翼左翼の飯」。「no vision」は、国内取材が主で、今後、セックスワーカー、特殊清掃員(孤独死や事件・事故の現場、ゴミ屋敷などの清掃を専門に行う事業者)、夜逃げ屋などのエピソードを予定していると言う。
結局、この音声だけの番組の企画、やれることになったんだ……。プラットホームはSpotifyなんだ。なるほど。こんなコンテンツは、今まで見たことも聞いたこともない。なんて画期的だろう。
文芸誌の「群像」(講談社)4月号に上出遼平が寄稿した「僕たちテレビは自ら死んでいくのか」と言う「檄文」が、話題となった。私は群像4月号を購入するために近所の書店に行ったが、売り切れだった。ネットも同様に売り切れだった。古書が倍の値段で売り出されていた。読みたいものは件の記事だけだったので、倍の値段で買うのは癪だったから、図書館で取り寄せて読んだ。
この記事は上出遼平ディレクターが立ち上げた、前述の音声コンテンツのプロジェクト第一シリーズが半年をかけて完成したものの、発表寸前でコンプライアンスを理由に、お蔵入りになった顛末が書かれている。
ことのはじまりはテレビ東京に「クリエイティブビジネスチーム」なる部署が立ち上がった。その部署の目的はインターネットの広告費が地上波テレビのそれを上回ったこの時代に、社の生き残りをかけて「テレビ番組以外のコンテンツで金を稼ぐこと」であった。上出遼平は真っ先に「映像を捨てること」を提案した。上出ディレクターは、必要最小限の装備で単身、危険地帯の取材を進めるうち、カメラさえも邪魔に感じ始めていた。カメラさえなければもっと本当の言葉を聞くことができると感じていた。そこで「no vision」の番組を作ることを思いついた。
この企画は社内で受け入れられとんとん拍子に進んでいった。上出ディレクターが最初に選んだ取材対象は「暴走族」だった。そのコンテンツの編集が概ね終わった頃、最初の横槍が会社から入った。しかし、最大の問題であったコンプライアンス上の懸念は、テレビ東京の審査部を通して「問題なし」のお墨付きを得て払拭された。だが、いよいよ配信という時になって、テレビ東京の社長からストップがかかり、結局このプロジェクトの第一シリーズ「暴走族」は頓挫してしまう。
私はこの顛末を読んで、最初に思った事は、音声だけの番組配信と言う企画があまりにも画期的だったので、このまま立ち消えになってしまったらもったいないと言うことだった。どんなエンターテイメントメディアが出来上がるのか見て(聴いて)みたいと思った。だから、何とか粘ってプロジェクトを完遂させてほしいと思った。またどんなプラットフォームからこのコンテンツを配信するのか非常に興味が湧いた。
だからこの文の冒頭部分に書いたように、このプロジェクトがスタートしたことに驚いたし、そのプラットフォームがSpotifyであることには、なんだか腑に落ちない気持ちになった。ただ記事を読むと最初はプラットフォームもテレビ東京独自のものを作るつもりだったように感じる。もしそうなったら、より斬新なメディアが登場したと感じただろうし、マスコミの捉え方ももっと大きくなったんじゃないだろうか?
波乱の幕開け「ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision」
お蔵入りになった幻の第一シリーズ「暴走族」
1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina
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