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<マンガ>“ドラマ現場の待ち時間の悲劇・前編”「小野寺ずるのド腐れ漫画帝国 in SPA!」~第五十二夜~

笑顔がつくれない私

「人を笑顔にするものは笑顔」この業界に入って痛感する。 それなのに、どうしてか、私は笑わない。人の笑顔に助けられているはずなのに、何もかも笑えないのだ。 大きい歯がコンプレックスで笑わなくなった思春期。悲しい癖が、まだ、残っているのだろうか。がんばって笑おうとすると不適切なテンポで不適切な声が出る。そうすると相手もやはり違和感を覚えるようで花がうつむくような速度でその人の言葉と笑顔は消えていく。 人と旅行に行った際も、私は景色を見て感動しているのに「全然楽しくないんだね」とご一緒した人をしょんぼりさせてしまった。 「皆さんと仲良くなりたい」 なのに心とは裏腹。一つも笑えないからコミュニケーションが沈んでいく。沼の上に鉄骨を組み上げていく、そんな仕様だ。 申し訳なくなり、私はいつも”台詞が一つしかないのに異常に集中してる役者”という近寄り難い人間を演じることで時を過ごすようになる。薔薇でもないのにその身に棘を蓄えた。

貝にも薔薇にもなれない女

そして、ここからはとあるドラマ撮影現場での出来事……。 素敵な俳優Kさんが話題提供として、待合室でご自身の幼い娘さんの動画を皆に見せていた。この時も私は、自分のたった一言の台詞「了解しました」を真剣に呟いてるフリをして近寄らなかった。本当は混ざりたかったのに……。 以前、人の赤子を見て、「金玉見せてよ!」と発言し重い空気にしてしまったことを思い出す。色んな気持ちを隠して俯くばかりの私は実に情けなかった。 そんな私の意識を変えたのは、その現場で出会った新人女優のMちゃんだ。勇気を出して先輩に話しかけ皆に元気に挨拶をする彼女は輝いていた。ある日の待ち時間、Kさんが私に“何か”を話しかけてくれた。しかし、私は耳が悪いために聞き取れない。 聞き返すのも悪くてKさんの目を見つめ硬直していると、隣のMちゃんが「うふふっ」と楽しい声を出した。そしてKさんは嬉しそうにその場を去っていった。 「Kさんなんて言ってたの?」と訊ねるとMちゃんは驚きの回答をする。 「実は途中から話に入ったから、私も聞き取れなかったんだ……」 ??? 「なんて頭のおかしい女だ。意味もなく笑っていたのか!」 自分より立場が弱そうな人間だけに牙を剥く、私の悪い癖が炸裂する。「表現の世界に立場なんて関係ない」とのたまう割に世間の上下の価値観に魂レベルで侵食されている私が吠えた。 「ずるちゃん聞いて!私はお芝居の経験も浅いし、この現場でできることは自分と接した人が元気になってくれることだと思うの。 きっとKさんは私達の緊張を和らげようと気遣ってくれたんだよ。だからあそこで会話を止めるより、楽しく現場にいれてますって態度を見せたかったんだよ……」 ……私は奥崎謙三氏のように詰問した自分を激しく恥じた。保身に走るあまり私は周りのことを何も考えられていなかったのだ。人を元気にするエンターテインメントの現場にいるはずなのに身近な人の心すら元気にできていない……。 Mちゃんの言葉は私の心をズシンと動かした。 「私もこの現場で、人を元気にするんだ!」 ……この決意がある悲劇を呼び込むことになろうとは、この時の私はまだ知らない。 (※次週、撮影を止める!) 担当より:独り言大きすぎる人、コワイよね! 
'89年宮城県出身の役者、ド腐れ漫画家。舞台を中心に活躍後、'19年に「まだ結婚できない男」(関西テレビ)で山下香織役、'20年「いいね!光源氏くん」(NHK)で宇都宮亜紀役など、テレビドラマでも活躍の場を広げる。また、個人表現研究所「ZURULABO」を開設し、漫画、エッセイ、ポエムなどを発表。好きな言葉は「百発百中」。 Twiter:@zuruart

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