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伝説の『電波少年』東大一直線、34歳で大学合格を果たした坂本ちゃん「衝撃的だった出会い」

衝撃だったケイコ先生との「出会い」

坂本ちゃん――ブログには、番組が終わってもケイコ先生と交流している様子が記されています。 坂本ちゃん:ケイコ先生は浪曲師として、今拠点を大阪に置いているのでなかなか会えないんですけど、「もう家族のようなもの」っておっしゃってくださっていて。本当の家族はお金関係で揉めちゃって全然会ってないんですけど、私にもちゃんと「家族」ができてるんだって……。 ――ケイコ先生、厳しくなかったですか。 坂本ちゃん:東大出身の方っていうのは、目標を決めると一直線なんだということを、ケイコ先生と接することで感じました。私はたどり着くまでが長くて……。  ほんと、簡単な計算でも指を使わないとできないようなレベルだったんですよ。東大出の人がそういう人を教えることになって、彼女も困ったんでしょうけど、自分も困りました(笑)。だから、怖かったんですけど、途中から話し合って、自分の意見も伝えて。……初めてでした、人に対して自分の意見をぶつけるっていうのは。

いろんなことを教わった「恩師です」

坂本ちゃん坂本ちゃん:それまでは学校でも家でも周囲の顔色をうかがって、ビクビクして生きてるような人間だったので、自分の考えを言えなかったんですね。でも彼女と初めてケンカをして、腹を割って自分の考えを言った時に、わかっていただけて。  その時もう30歳過ぎていて、遅いかもしれないんですけど、この<ちゃんと人と意見をぶつけ合う>という経験によって、自分のことを理解しようとしてくれる人もいるのを知りました。自分が意見を言えるということ、聞いてくれる人がいるということがとにかく衝撃的でしたね。 ――どんなことを話し合ったのでしょう。 坂本ちゃん:勉強方針についてだったと思います。詰め込みすぎでキツいとか、自分の能力は自分でわかるから、もう少し緩くしてほしいというようなことだったと思いますね。  人に自分の状況や考えを説明して、理解してもらう。この体験がなければ、ずっとそういうことができないままの人になっていたかもしれないと思うと、自分のなかでは本当に大きな出来事でした。彼女と出会うことで、知識だけじゃなく、いろんなことを教わりました。恩師です。彼女にまたいつかちゃんと認めてもらいたいという思いで、活動している部分もあります。  そういう方と出会えるって、すごいですよね。感謝しています。 【関連記事】⇒父親は大嫌い、母親とは絶縁…『電波少年』坂本ちゃんが振り返る「ブレイクのウラ側」 <取材・文/吉河未布 撮影/長谷英史> 【坂本ちゃん】 1966年、山梨県生まれ。1999年、お笑いコンビ「アルカリ三世」結成。『進ぬ!電波少年』の企画「東大一直線」でブレイクし、8校に合格して日本大学に入学。現在は新宿ゴールデン街のシャンソンバー「ソワレ」に週一出勤&個展を開催するなど精力的に活動中。オフィシャルブログ「人差し指に似てると言われます。」も更新中 Twitter:@sakamotochan ※bizSPA!フレッシュより
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