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街のバス停にある「野良イス」。不法投棄と切り捨てられない役割とは

「名付け」で景色は変わる

 昭和時代、赤瀬川原平という芸術家が確立した「路上観察」という文化。氏が四谷を歩いている時に、ただ登って降りるだけの階段を見かけた。本来であれば別の階層に移動するためのものである階段だが、その機能が完全に抜け落ちている階段だ。こうした役割のないものを赤瀬川は「トマソン」と名付けて写真におさめるようになった。名前の由来は、当時、読売ジャイアンツに助っ人として高額年俸で入団しながらも、ほとんど活躍しなかったトマソン選手から来ている。  赤瀬川は、トマソンをはじめとしてマンホールの蓋や看板など町にある様々なものを収集し考察する「路上観察学会」を創設。筆者はそれを意識したわけではないが、野良イスもこの路上観察学の延長にあるだろう。  ここには、役割のない無用の長物を「トマソン」としたり、誰かが持って来たイスを「野良イス」としたりする「名付け」が発生している。  この名付けによって、身近な景色の見え方が変わってくる。何度も通って見飽きた道でも、何かよくわからない階段や、誰が持って来たかわからないイスがただあると感じるより、「トマソン」「野良イス」と名付けると、景色に輪郭がついて見えてくる。  これは、ランニングやウォーキング中にも楽しめるものである上に、観光地でもなんでもない場所にワクワクすることもできる効果をもたらす。

野良イスは「単なるゴミ」なのか

 野良イスの写真を撮影してSNSに投稿していると、「単なる不法投棄だろ」と足蹴にするようなコメントが飛んでくることも度々。  もちろん、そういったものもあるだろう。しかし、野良イスの多くには「誰かに使ってもらいたい」という意思が感じられるものも少なくないことから、単なる不法投棄とは言い難い。  それは、イスがそこから持って行かれないように、自転車のチェーンロックなどで固定されているものをよく見かけることからもわかる。  また、実際に野良イスを利用している高齢者からの声が顕在化したケースもあった。昨年、渋谷区のバス停に置かれていた野良イスに、行政が撤去する旨の張り紙をしたところ、それに返信する形で後日、「80歳の私に、バスを待つ間使わせてください」という張り紙が貼られていたのだ。  確かに、野良イスは「廃棄物の処理および清掃に関する法律」によって規定された、分別、運搬、処理方法に反して捨て、放置する行為として「不法投棄」に該当する可能性が高い。さらに、公共の場所である歩道やバス停に、個人が物を置くことは「道路法第32条」で禁じられている。 「必要としている人がいるからといって、違法なものが許されるわけではない」という意見は正しい。しかし、あまりに情緒的かもしれないが、私は心の片隅で「無下に撤去しないでほしい」とも感じてしまう。繰り返すが、野良イスは違法な存在でありそれを容認しているわけではない。  なお、先述した渋谷区の野良イスは撤去されたが、80歳のおばあさんの声が届いたのか、すぐに正規のイスが設置されるという、良い結末となっている。    問題も魅力も孕んだ「野良イス」は、皆様のまわりにもきっとあるはず。見かけたらその来歴を空想して愛でながら、社会問題に思いをはせて見てはいかがだろう。<文/Mr.tsubaking>
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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