ニュース

台湾有事のリスクは?軍事演習に踏み切った「習近平の思惑」と台湾国内の反応

習近平氏が国内にアピールする台湾統一への強い意志

 10月16日から北京では5年に1度の「共産党大会」が開かれる。  習近平氏が慣例を破り、3選を果たすという予想が大半だ。香港の民主化デモを抑え込んだいま、中国が台湾への関与を強めるのは間違いないだろう。  そこで5月に『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)を上梓したジャーナリストで大東文化大学教授の野嶋剛氏に迫りくる台湾有事について話を聞いた。
習近平

2022年9月30日、中国・北京の天安門広場で行われた式典に出席する中国の習近平国家主席 写真/時事通信社

――習近平氏の3選が確実視されています。8月のペロシ米下院議長の訪台、それに対抗した中国の大規模軍事演習はその布石だったのでしょうか。 野嶋剛(以下、野嶋):習氏は中国国内向けにはかつてない軍事規模で台湾を封鎖し、成功したと言っています。習氏が建国の父である毛沢東に並ぶ偉大な指導者という権威を見せつけるには、台湾統一への強い意志を見せる必要があったのでしょう。  しかし、一方の台湾は中国の軍事演習をあからさまには批判せずに、冷静に対応したので、国際社会から見れば、中国がいかに横暴で強権的で、台湾側が「被害者」の立場にあることが浮き彫りになりました。習氏が3期目、4期目を目指すその第一歩が、この軍事演習だったということを国際社会は記憶し、語り継ぐでしょうから、いくら国内向けパフォーマンスはうまくいったとしても、マイナスの面のほうが大きかったでしょう。

台湾が冷静に対応できた3つの理由

――なぜ台湾は中国の軍事演習に冷静に対応できたのでしょうか。 野嶋:これほどの危機は1996年以来です。当時は李登輝総統が民主的な直接選挙を実施すると言ったため、中国が認めずに軍事演習を行い、株式市場は暴落し、外国に逃げ出そうという人が続出しました。アメリカが2隻の空母を派遣し、ようやく騒ぎは収拾しましたが、台湾社会は大きく揺らぎ、心理的ダメージも大きかった。  今回の軍事演習の規模は‘96年より段違いに深刻なものでしたし、中国の狙いの1つは’96年のように台湾社会を揺さぶることにあったと思われます。ところが今回、台湾の市民は非常に落ち着いていたのです。  台湾の市民が冷静だった理由は主に3点あります。  1点目は慣れです。香港情勢が悪化して以降、日増しに中国から台湾への圧力は強まっていました。そのため、ある種の緊張慣れの状態でした。  2点目は初日に中国の陸軍が動いていなかったことです。‘96年は陸軍が動き、対岸の福建省に陸軍の一部が集結していると話が流れました。  今回は陸軍が動かなかったので、台湾政府は本気で攻めてくることはないと分析し、そうした見方を発信しています。台湾は徴兵制があるので、市民全体に日本よりも軍事的言語の理解度が高く、冷静に軍事的な情報を処理していました。  3点目は直前のペロシ議員の訪問で、彼女が「台湾を見捨てない」「我々は台湾と共にある」とメッセージを強く出したこと。ペロシ議員は行政府の人間ではありませんが、アメリカで大統領継承権第2位の人です。その人がアメリカの立場を明白にしました。  そして日本もかなりはっきりと中国の軍事演習に「ノー」と言ったことも、台湾にとっては非常に大きかった。日米が毅然とした態度で中国に対して厳しい姿勢をみせたので、台湾社会に安心感が広がったと思います。  今回の軍事演習に伴う台湾の反応は習氏にとって大きな誤算だったでしょう。  しかし、台湾有事のリスクは依然として高いままです。軍事演習は侵攻のための準備でもあったわけで、演習内容を分析すれば、かなり侵攻の準備が進んでいることがわかりました。  台湾侵攻には、(1)サイバー攻撃、(2)ミサイルによる重要拠点の破壊、(3)空と海の封鎖、(4)大多数の地上軍派兵による本格占領、と大きく4つの段階があると考えられています。今回の軍事演習で、少なくともこの(1)から(3)までの準備は完了していることが証明されました。  サイバー攻撃は効果的ではなかったが、手の内を見せると対策を打たれてしまうので、あえて抑えていたと思います。 (4)については、専門家でも意見が分かれ、現状ですでにその力はあるという意見と、あと5年から10年はかかるという意見があります。私は後者の見方です。しかしながら、中国が本格占領に必要な軍事力を整えるのは時間の問題でしょう。
次のページ
ウクライナ危機が及ぼす影響
1
2
おすすめ記事
ハッシュタグ