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台湾有事のリスクは?軍事演習に踏み切った「習近平の思惑」と台湾国内の反応

ウクライナ危機が及ぼす影響

――世界各地で地政学リスクが高まっています。ウクライナ戦争は台湾社会にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。 野嶋:まずは昨年、アフガニスタンから米軍が見捨てるように撤退したとき、台湾社会はかなり動揺しました。アメリカの力が相対的に弱まっているなか、台湾も見捨てられるのではないかと。  ウクライナ戦争でも当初アメリカは本気には応援しないという声が強く、世論は揺らいでいた。ところが、ウクライナ軍が祖国を必死に守り、ロシア軍を押し返す姿をみると、台湾の人たちは励まされました。  やはりアメリカに頼るだけでなく、自分たちの力で抵抗しなければ、世界も応援してくれないという世論が強くなった。ウクライナは台湾にとっての一つの英雄になったわけです。  いま台湾で一番流行しているのは、緊急時に軍と民間が協力し合う民間防衛という行動です。  日本ではあまり知られていないですが、イスラエルやスイスなど世界中の小国はだいたい民間防衛を行っています。  台湾では民間防衛を学べるさまざまなクラスがあり、止血の方法、住居が破壊されたときにどう生活するのかなど、どれも予約がとれないくらいの盛況です。若い人たちはみなクラスに通おうとしています。  今回の中国の軍事演習でも、アメリカがいつ助けてくれるかというような他力本願な話はあまりされず、どうやって自分たちで守ろうかという話の方が多く耳にしました。中国の軍事演習によって、かえって台湾の団結は強まったのです。

今後の日台関係の展望

――「台湾有事は、日本の有事」と発言していた安倍晋三元首相の死去によって、日台関係にどのように変化するのでしょうか。 野嶋:たしかに安倍元首相の存在は非常に大きかった。  新型コロナ対策でも、台湾政府からワクチン提供の打診があった際、菅政権の背後にいる安倍元首相のサポートによって素早い対応がなされました。今後は、このような日台の阿吽の呼吸は厳しくなるでしょう。安倍派の有力議員たちも岸田政権では統一教会問題のためかなりマージナライズされつつありますので。  しかし一方で、台湾と日本がこれで離れていくかというと、私はそうは思いません。  今年は日中国交正常化50周年の節目の年ですが、かつてのように日中友好を掲げる論調はメディアでほとんど見かけません。それに対して、10年前には言葉さえなかったに等しかった日台友好という言葉を最近はよく聞きます。  また台湾は半導体というカードを手にしました。日本には民主主義、安全保障では台湾を大切にしようという流れがありましたけど、むしろ経済界は冷たく、中国との関係を重視してきた。それが熊本にトヨタなど自動車産業のためにTSMC(台湾積体電路製造)が進出するように、経済界も台湾を軽視できなくなっています。  民主主義や安全保障のように、どうとでも解釈できるものではなくて、半導体が不足すると自動車は作れないし、日本経済は大きな打撃を受けるので、これまでとは「台湾重視」の説得力が変わってきています。  20年以上前ですと私の出身である朝日新聞のようなリベラルなメディアは、中国の記事を中心に書いて、台湾の記事はあまり書きませんでした。しかし、これは本当におかしなことですよね。保守やリベラルなどの立場に関係なく、国際情勢は正しく伝えなければなりません。トランスジェンダーのオードリー・タンがデジタル省大臣を務めているように台湾はジェンダー、同性婚合法化、脱原発、民主主義の在り方など、日本のリベラルな人たちが目指す社会を先取りしています。  私は自分が保守かリベラルかということはあまり考えませんが、リベラルな感覚からみても、台湾の存在意義を価値観的にも肯定できるのではないかと思っています。逆に言えば、リベラルは日中関係を重視するべきだというのは誤った考えだと思っています。現在の中国の国のあり方はリベラルな価値観からあまりに離れています。  習氏が政権の座にいるかぎり、「蔡英文政権で最大の支援者は習近平」と言われているように台湾人は中国への抵抗で団結し、その結果、選挙で民進党は勝ち続ける。民進党が勝ち続ける限り、習氏はどんどん対抗措置を強気に繰り出す。その悪循環の果てにあるのは、武力衝突しかない。だから衝突は「起きるのか、起きないのか」ではなくて、このままでは「いつ起きるのか」という話になっているのです。

『新中国論』
野嶋 剛 (著)
平凡社新書

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