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ボロ物件の大家が語る“ワケあり”な入居者たち。元ヤクザ、元受刑囚、自己破産者…

退去したおじさんにスナックでおごってもらう大家

 大家として、行政への手続きなど諸々やることはある。それに福岡の家をどうするのかも気になった。 「あっ、それはもうええわ。ほっといたらNPOがなんとかしてくれるやろ。所有権放棄します―ゆう書類作って大家に送ったら、もう終いや」  驚く私をよそに、男性はさらに続ける。 「入ってすぐでなんやけど、ワシ、ここ出ていくときもそうさせてもらうさかい。家の中のもんはすまんけどな、大家さんのほうで処分しといて」  一応、2年はいてもらうという約束でこの男性はこの日から入居した。その間、3月末になると「大家さん、花見行こうや」、夏になると「暑気払いや」、冬は「クリスマスや」と、何かにつけてご招待してくれる。  甚だ失礼な物言いだが、こういう場合ほとんどは、誘うだけ誘ってその費用はすべて誘われた私が持つことになる。しかし、この男性は違った。気前よくデパ地下の花見弁当や近所の中華料理店の仕出し弁当をご馳走してくれた。ビールに焼酎、日本酒も飲ませてくれる。 「ええん? 俺もいくらか出すし、酒の類なら買ってくるよ」 「ワシ、奢られるの苦手やねん」  頑として受け取らない。受け取ってくれたのは、せいぜい私の東京出張時のお土産くらいだった。  この入居者との付き合いも気がつけば3年を超えていた。2年はいるという約束だったので、もうお別れの時期が近づいているのだろうなと思っていた。大家としては退去に向けて、リフォームや清掃する箇所を把握しておきたかった。だが、その後も退去する気配はなかった。 「大家さん、この家、気に入った! もっとおるで」  そう言いながら、もう4年が経とうとしていた。4年も住めば、そのままさらに長く住んでくれると思うだろう。だが、この男性が入居時に自ら語ったところによると養護学校の高等部を卒業後、ずっと生活保護を受けて全国を転々としてきたという。ふと気が向けば、よそに引っ越す可能性のほうが高そうだ。  別れは唐突にやってきた。  ある日の深夜、私は雑誌の入稿作業に追われていた。携帯電話にメールが届いた。男性からである。 〈大家さん、世話になった。恩に着るわ。また会おな。荷物は全部やるから、すまんけど処分しといて〉  私は、返信を打った。 〈ありがとう。元気で。また遊びに来てや!〉  退去後すぐに清掃やリフォームを済ませ、次の入居者も入った。それから半年くらいが過ぎた頃、私の携帯が鳴る。あの男性からである。 「大家さん、元気か? ワシ、あれから札幌行ったんや。今、旅行や。土産もあるし、飲みに行こうや!」  学校の先生がかつての教え子から連絡をもらったときの気持ちとはこんなものなのだろう。エクストリーム大家をやっていてよかったと思う瞬間だ。  神戸市兵庫区―ディープな場所にあるスナックに案内された。相変わらず奢ってくれる。嬉しいがちょっと複雑な心境だ。  奢ってもらったことを聞いた妻は私にこう言う。 「生活保護受給者に奢ってもらう大家!」  こうした入居者との触れ合いは、エクストリーム大家でしか体験できない。
エクストリーム大家

『エクストリーム大家』

1971年、兵庫県生まれ。2010年頃に初めて物件を購入し大家デビュー。2018年、大家業を営んでいた実母の死去に伴い、複数の物件と入居者を相続し引き継ぐ。本業はライター/フリージャーナリスト。別名義で『週刊SPA!』(扶桑社)、『AERA』(朝日新聞出版)、『週刊ダイヤモンド』『ダイヤモンド・オンライン』(以上、ダイヤモンド社)、『現代ビジネス』(講談社)など週刊誌やウェブメディアに寄稿。金融経済、防衛、労働問題に詳しい。著書多数。現在、文筆業の傍らクセのある入居者相手に奮闘する日々を過ごしている。
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エクストリーム大家

ワケありな人たちに部屋を貸す大家の
刺激的な日々を大公開

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