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ジョイマン“じゃないほう”が大食いキャラで覚醒…「一番喜んだのは相方・高木だった」

ずっとラップで応援し続けるつもり

ジョイマン

池谷が脚光を浴びるのは、「自分ごとのように嬉しかった」という

――高木さんはなぜそこまで嬉しかったんですか? 高木:コンビのバランス的にも、池谷は“じゃない方”だったので、池谷にも何か持っておいてほしいなとは、ずっと思ってました。それがやっと見つかったので、自分ごとのように嬉しかったですね! ――相方が一人で売れる事を嫌がる芸人さんもいますよね。 高木:60歳になっても大食いを続けて欲しいですね。ずっと横で「ガンバ! リンバ!」「あと一歩! ZIPPO!」と、ラップで応援し続けるつもりです! ――“じゃないほう”の立ち位置での活動、当時はどんな気持ちでしたか? 池谷:正直、どうしていいかわからなかったです。“じゃないほう”自体をネタにしてみたりもしたんですが、一生続ける事はできないなと……。 ――高木さんは当時、池谷さんに対してどう思っていましたか? 高木:「モヒカンにしてみたら?」とか、「芸名を変えなよ」などとは言っていましたけど……。ナオト・インティライミさんに似てるので、モノマネも勧めてみたんですが、池谷の反応は鈍かったですね。そんな不遇の時代があったので、今回、大食いで注目されたことは本当にありがたいです。

解散まで考えた“どん底時代”の思い出

ジョイマン

どん底でも解散は考えなかった

――ラップでブレイクしましたが、その後テレビではあまり見かけなくなりました。収入もやはり減りましたか? 池谷:芸人としての収入は月に1万円くらいになっていました。僕はバイトもしてましたし。働いていたバーのオーナーに「週7で入ってよ」と言われることもありましたが、実際要望通りのシフトに入れるぐらい、芸人の仕事はなかったですね。でも、高木はバイトはせず貯金を切り崩して生活していたようです。 ――解散などは考えなかったんですか? 池谷:2011年に高木に子供ができたんですが、その頃がまさにどん底の時でした。子供を育てることを考えると、お笑いを続けるのは厳しいのかなと思って、高木に解散を切り出しました。ただ、高木は「お金じゃないでしょ!」と即答でした。「ネタやお笑いが嫌になったのなら仕方ないけど、稼げないから解散というのは違うと思う」ときっぱり。 ――高木さん、根っからの芸人という感じでかっこいいですね! 池谷:ただ「一緒に子供を育てていく奥さんに相談もなく、即決するのかよ!」って(笑)。収入がないのにバイトもせず貯金を切り崩して、奥さんが働いてくれてるのに(笑)。 ――危なかった。美談として受け取りそうになりました(笑)。 高木:お笑いを始めた時から「お金ではない」とはずっと思っていました。稼げる職業ではないという事は分かってたので。でも、お金はなんとかなるんですよ。 池谷:だから、奥さんのおかげでしょ!僕の妻にこのエピソードを話したら「高木くん最低だね」って言ってましたよ(笑)。
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いずれ「2代目ジョイマン」に芸を託したい
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Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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