更新日:2023年10月31日 14:12
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「一日100人の生徒」が訪れる“保健室の先生”。多忙でも「来るもの拒まず」の理由

卒業した生徒から結婚式に招かれることも

 誠実にその生徒に向き合うなかで生まれた信頼関係が、ずっと続いていくことも珍しくないという。 「ある女子生徒は非常に複雑な家庭環境で育ち、ほぼ毎日保健室に来ていたと思います。はじめはあまり話さなかったのですが、警戒網が解けていくうちにいろんな話をしてくれるようになりました。  あるときは『スカートほつれちゃった』というので、縫ってあげました。制服などの身だしなみも安全に生徒を帰すことの一環だし、私は何より親が送り出した姿で生徒を帰してあげたいなと思っています。それ以来、他の生徒からも『絵の具がついちゃった』『ドレッシングがついちゃった』と持ち込まれることも増えましたが(笑)。  学校を卒業してからも、スタイリストを目指していた彼女からは『先生、今日は専門学校でこんなことを習ったよ』と連絡が頻繁に来ました。ランチをしたり、習ってきた技術の実験台になったりしていたある日、呼び出されて『結婚することになった』と報告を受けました。その後、結婚式にも招待してもらって、幸せな家庭を築いた今でもたまに連絡が来ます

気遣ってくれる生徒も多い

 精神的に不安定な生徒が代わる代わる保健室を訪れるとすれば、かなりの疲労感を感じないか。だが青柳氏はかぶりを振る。 「保健室の常連の子たちは精神的に落ち込んだり、悩み事を抱えている場合が多いですが、たとえばパニックを起こしている別の子が入ってきたりすると、さっといなくなったりします。後から廊下で『先生、今日たいへんだったでしょ』と話しかけてきたりして、気遣いのある子がたくさんいます。  一番気が抜けたのは、『先生、すごい怪我してる!はやく!』と血相を変えて飛び込んできた子がいたので、慌てて外に出てみると、動物でした(笑)。もちろん保健室なので動物は専門外なのですが、近所の動物病院に電話をして対応してもらいました。周りの傷ついているものに対しての感度が高くて、優しい子ばかりだなと思います」  身体的な怪我だけではなく、心を癒やす保健室。初期の人間関係に躓き、傷ついた子どもたちにとって、身近な大人からひとりの人間として扱われたという体験が、人を信頼し愛してみようという回復の原動力に繋がる。今日も魂の雨宿りをする子たちがひとり、青柳氏に救われる。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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