更新日:2024年11月11日 17:54
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カッとなり“教師を殴って中退”したヤンキー高校生…それから30年、どんな人生を歩んだのか

 生徒数が多い時代だったこともあり、毎年10万人前後で推移していた80~90年代の高校中退者。現在のように不登校が理由という生徒もいたが、大きな違いは素行不良などによる退学処分を受けた者も少なからずいたこと。例えば、停学を複数回食らった後、留年確実となって辞めたケースも含めるとかなり多かったはずだ。  今は彼らも40~50代。サラリーマンとして会社勤めをする者の中には中退歴があってもそれなりの地位に就いている者もいるだろう。大手ゼネコンで課長を務める工藤昭一さん(仮名・47歳)も入学から間もない高校1年の一学期に中退した過去がある。しかも、教師を殴ったことによる退学処分だ。
悔しがる男性

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体罰教師に反撃したことで退学

「手を出したことについて弁解の余地がありません。処分にも当然のことだと納得しています。ただ、中学を卒業して間もないまだガキだった私は、先生の傍若無人な振る舞いに黙って従うことはできなかったんです。あの頃はすぐにカッと来て街でケンカしたこともよくありましたし、相手が大人でも“ナメられたら負け”と思っていたため、若気の至りといえばそれまでなのですが……」  殴った相手は運動部の顧問を務める担任の男性教師。その日、友人のクラスメイトが遅刻してホームルーム中に教室に入ると、担任は彼の元に近付いていきなりビンタ。しかも、殴られてうずくまっている状態で蹴りまで放ったそうだ。  これに工藤さんが激昂して怒鳴ると、担任は彼にも勢いよく平手打ち。踏ん張って倒れるのを防ぐもこれが気に入らなかったのかもう1発ビンタをしたようとする。このとき、咄嗟に叩こうとする担任の手首を掴んで止め、それどころかお返しと言わんばかりに顔に一発パンチを入れてしまったのだ。 「暴走族に入ってたわけじゃないですが遊び仲間にはそっちの連中も多かったですし、学校では短ラン、ボンタン姿のヤンキーファッション。まあ、そんな恰好なので自業自得なのですが担任には最初から悪い意味で目をつけられていたんです」  結局、この一件が原因で退学。謝罪すれば無期停学止まりで学校に残れた可能性はあったが、最後までこれを拒否したという。

通信制高校に入り直して、その後大学に進学

「高校をクビになった後は、先輩の親が経営している地元の建設会社で作業員として働いていました。でも、母親から『頼むから高校だけは卒業して』と泣きつかれ、退学した翌年に通信制高校に入学。仕事をしながらだったので単位を取るのに4年かかりましたが、卒業後は都内の私大に進学しました」  当初は大学を目指す気はなかったが、仕事で会う親会社の担当者は工藤さんやほかの中卒の作業員に対して露骨にバカにする言動を繰り返してきたとか。また、親族にも大学進学者が多かったので見下してくる者もおり、「その悔しさが動機になった」と話す。 「ただ、勉強は苦手だったので小学生のドリルからやり直しました。受験前の1年半は、仕事以外家に籠ってひたすら勉強。それでも自分のレベルでは中堅大に入るのがやっとでしたけど」  大学入学後も夏休みや春休み期間中は実家に戻り、アルバイトとして学業に支障のない程度に建設会社の仕事を続けていた工藤さん。就活では関わりの強かったゼネコン業界を志望。就職氷河期だったのでダメ元だったが、現在の会社から内定を取ることができたそうだ。
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一緒に殴られた友人も高校を中退していたが…
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ビジネスや旅行、サブカルなど幅広いジャンルを扱うフリーライター。リサーチャーとしても活動しており、大好物は一般男女のスカッと話やトンデモエピソード。4年前から東京と地方の二拠点生活を満喫中。

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