真面目に転職を繰り返す。逃げの一歩も攻めの一歩もどちらも大事な一歩である/『転職ばっかりうまくなる』書評
―[書店員の書評]―
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
新卒で入社した会社を実働1か月で辞めようと決めたときのことを、まだぼんやりと覚えている。やりたいことが明確にあり、そのために入った会社で、それとはまったく異なる業界の関連会社に配属された苦しみ。とはいえやりたいことができないくらいで辞めるのかということと、配属先の人たちの優しさや期待を知ってしまっているがゆえの、自責の念。これらが複雑に入り混じり、もはや形容できない「なにか」となり、それがまた私を苦しめていた。ぼんやりとしか覚えていないのは、もしかしたら忘れたいからなのかもしれない。
『転職ばっかりうまくなる』の著者・ひらいめぐみは、本書の中で書かれているだけで6回の転職を経験している。倉庫スタッフ、大手企業の営業職、書店バイト、ウェブメディアのライター職……etc。学生時代のバイトなども含めると、軽く10回は超えているのではないか。幼少期から10年以上サッカーを続け、いまは本の世界に10年近くいる私とは対局のような生き方をしているように思える(ちなみに著者と私は同い年である)。
ゆえに別世界を覗くつもりで読み始めたのだが、どうもそこには私のような者がいることに、ページをめくるにつれて気がついていく。私は本がものすごい好きなわけではない。本屋をやっているのは、実のところたまたまそうなっただけな気もする。スーツを着たくない(Tシャツとかジャージで仕事したい)、上司や取引先にヘコヘコしたくない(好きでもない人と関わりたくない)。そもそも、働きたくない(でもたらふく食べたい)。そんな「自分勝手」な理由から本屋を選んだと言ってもいい。自分で本屋を経営すれば、それらすべてが実現できそうだと思ったからだ。
だからこそ我慢して入社した会社で本屋になるためのルートから外れてしまう配属になったとき、私は即座に辞めたいと思ったのだ。しかしそんな自分を「自分勝手」で「無責任」だと責める声もまた、ほかでもない己の内で響き渡っていた。
おそらくそこには、真面目に/真剣に生きるということへの固定観念的なイメージが存在しているように思える。転職するのは、つまりなにかひとつのことを継続できないのは、不真面目さだったり我慢の効かなさだったりとして捉えられてしまう。わざわざこうして書かなくても誰もが知っているような、あまりにも自明な「よくないこと」なのだ。しかし、20代のうちに6回も転職をしている著者は、つまりそれだけ不真面目なのだろうか。そんなことはない、と私たちは知っている。本書を読まなくても、そんなことはわかっているのだ。しかしそれを認められない、自信を持って言い切れない。それほどまでに内面化してしまっている「なにか」が、私たちを苦しめている。真面目であればあるほど苦しむことになる、理不尽な呪縛と言っていい。
懸命に仕事をこなし、時に賢明さが空回ったり、結果が出たり出なかったりしながら、真面目であるがゆえに悩み苦しむ著者の姿は、きっとあなた自身にも重なるはずだ。同時に、真面目であるがゆえに悩み苦しみながら、それでも転職をする著者がいる。それは、逃げの一歩も攻めの一歩もどちらも大事な一歩であることに変わりはないということを、私たちに伝えてくれている。
しかしそれを体感するには、やはり自分の経験として落とし込まなくてはならない。ゆえに本書は、他者(である私)の書評による要約ではなく、読者であるあなた自身によって読まれる必要がある。
本書の208ページで紹介される吉本ばななの言葉は、そうしてはじめて腑に落ちるものになるだろう。きっと著者自身もそうだったのではないか。悩み苦しみながらも仕事を続け、転職を繰り返してきたからこそ、吉本の言葉が自分の背中を押していることに気がつけるのだ。エポックメイキングの瞬間は、そのときにやってくる。
結局、私は新卒入社の会社をすぐに退職し、その後数年かけてどうにかして本屋になった。先ほど挙げた3つの理想(?)のうち、最後のひとつを除いて実現している。いまのところ、本屋を辞めるつもりはない。でも、いつでも辞めていいと思っている。いや、思えている。私のエポックは本書によってメイキングされてしまったようだ。だからこうして書評(に見せかけた自分語り)を書き、そのよろこびを共有したくなったのかもしれない。
本書を読んで転職をした、あるいは転職はせずとも生き方が変わった、という者が必ず出てくるだろう。できればその「自分勝手」な「一身上の都合」を、どこかに書き残してみてほしい。あなたの未来が、そしてあなたと誰かの夢が、繫がる瞬間がやってくるだろう。私のこの自分語りも、そのときようやく役に立つのだ。
評者/関口竜平
1993年2月26日生まれ。法政大学文学部英文学科、同大学院人文科学研究科英文学専攻(修士課程)修了ののち、本屋lighthouseを立ち上げる。著書『ユートピアとしての本屋 暗闇のなかの確かな場所』(大月書店)。将来の夢は首位打者(草野球)。特技は二度寝
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