更新日:2024年05月30日 19:20
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若手4人組バンドの「甲子園応援曲」が炎上…浮き彫りになった“日本の音楽シーンが抱える課題”

「音楽の質は上がらず、数だけが増えた」現状

 ビジュアルやキャラの先行が悪いと言っているのではありません。けれども、そこに中身をつめこむ作業がおろそかになっている。これは「ねぐせ。」そのものよりも、日本の音楽産業自体に関わる問題なのかもしれません。  こうした状況を危惧していたのが、昭和の大作曲家、浜口庫之助(1917-1990 代表曲に「愛して愛して愛しちゃったのよ」、「星のフラメンコ」、「夜霧よ今夜も有難う」、「人生いろいろ」など)です。自伝的エッセイ『ハマクラの音楽いろいろ』(立東舎文庫 2016年 オリジナルは1991年朝日新聞社出版)の中で、“音楽産業が大きくなり、裾野は広がったけれども、だからといって頂点が高くなったわけではない”と書いているのです。  売上は増えてより身近にはなったけれども、音楽の質は上がらず、数だけが増えた。本物のプロフェッショナルは絶滅の危機に瀕して、粗製乱造になってしまった、と言っているのですね。  90年代のCDバブルほどではありませんが、いまも日本のマーケットは世界2位の規模を誇ります。新曲、新人アーティストのデビューは途切れることなく、最近では音楽番組の復権なんて声も聞かれます。  しかしながら、そこから5年後でも覚えていられるような曲はいくつ生まれたのか。それは3週間ごとに入れ替わる駅ビルのスイーツ店のポップアップみたいなものになっていないだろうか。

「知識の蓄積を共有できていない」問題も

 また、日本のロックやポップスには創作に関する知識の蓄積を共有できていない問題もあります。時代を超えて使えるメソッドがないので、皆一代限りの芸になってしまい、世代間で断絶してしまうのですね。儒教的な先輩後輩のタテの関係はあっても、文化的に綿々とつながっていく有機的な働きがない。それゆえに、新しい世代は手探りで、ゼロから始めなければならない。そこに大きなタイムロスが生じてしまうわけです。  たとえば、アメリカのソングライター、ジミー・ウェッブは『Tunesmith: Inside the Art of Songwriting』という本で、450ページ近くを費やして、実際にひとつの新曲を作りながら、自身の作曲法を公開しています。歌詞のプロット、韻の踏み方、同義語の探し方、リズムパターンの構築、和音の構成、メロディの組み立て、転調の使い方などを解説し、一曲の中に無数の知識や知恵が組み込まれていることを説いているのです。  また、ボブ・ディランやポール・サイモンを始め、多くのソングライターたちが作曲について語ったインタビュー集『Songwriters On Songwriting』もあります。これは具体的な方法論というよりも、色々な人の音楽観を知ることができ、様々なアプローチについての気づきを与えてくれる一冊です。  残念なことに、日本のロックやポップスにはこういう本はありません。アーティストの“思い”を伝えるとか、ガイドブックとかはあっても、あとに続く人たちがまんべんなく使えるトリセツを残す思想がないのですね。
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一見個性豊かだが、実は同じ方向の表現に収まっていく若手たち
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音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4

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