ライフ

「赤ん坊の私をエアガンの的に」千葉の団地で育った25歳女性が明かす“家族全員から虐待”の残酷さと“生きがい”を見つけるまで

 その女性はぽつりと「大人になって親のありがたみがわかる、という言葉がわからない」と漏らした。大人になって感じるのは、世間の厳しさよりも実家の過酷さだからだ。ヘルシェイクカスさん(@herusyeikuyano_)、25歳の女性。普段は都内のSM店に勤務している。団地暮らしで、家族全員からの暴力に怯えた若き日々について話を聞いた。
ヘルシェイクカス

ヘルシェイクカスさん

赤ん坊の私をエアガンの的にしていた

 開口一番、「家のことを話しても、信じてもらえるかわからない」とヘルシェイクカスさんは困ったように笑った。  彼女の両親が離婚をしたのは、3歳のときだったという。その後、彼女は母親に引き取られ、母方の祖父母と妹の5人で千葉県の団地に移り住んだ。 「私の父は中卒で職人になった人で、祖父いわく『自分の名前以外の漢字を書けない』人だったそうです。結婚の挨拶にも甚平でくるような常識のない人で、私が生まれてからも、赤ん坊の私をエアガンの的にしていたと聞きました」

家族全員からの虐待を受けることに

 慈悲もない父親との生活を解消した先で、今度はさらなる虐待に晒されることになる。 「今思い返すと歪な家族だったと思います。全員がいがみ合っていて、私を標的にすることでみんなの溜飲が下がるというような……。私は、家族全員からの虐待を受けることになりました。  殴る蹴るは基本で、たとえば祖父からはチャッカマンで焼かれる、祖母からは包丁を向けられる、母はご飯を作らない――などです。それぞれの力関係が微妙にあって、たとえば祖母は私の次に弱いんです。ヒエラルキーの下から2番目なので、私に鬱憤をぶつけるように攻撃してきました」  およそ信じられない話だが、最も驚くのは家庭内の最上位に君臨するモンスターが妹だという点だ。 「もともと、妹は母からも祖父母からもとても可愛がられていました。たとえば妹の誕生日にはケーキが出てきます。もちろん、私は食べられません。よほど親の機嫌がよければ分け前をもらえる、くらいの扱いだったんです。そういう格差が当たり前だったので、妹は私を奴隷のように扱うのが当然のように振る舞っていました。夜中でも『これ買ってきて』などは当たり前、もちろん、気に入らないことがあれば箸で刺してきたりも日常です」
次のページ
小学生のときに「母親が料理を作らなくなった」
1
2
3
4
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
記事一覧へ
【関連キーワードから記事を探す】