アナウンサー志望の女子大生が、浅草で人力車を引く仕事に就いたワケ。150kgの男性を乗せた経験も
夏の強い日差しが照りつける浅草。観光客で賑わう雷門の前を、笑顔で人力車を引く女性の姿があった。女性車夫の関森ありささんだ。
8年前、まだ女性の車夫が珍しかった時代にこの世界に飛び込み、現在は店長として後進の指導にもあたっている。
年々厳しさを増す夏の暑さ。その過酷な環境の中で、なぜ彼女は車夫という仕事を続けられるだろうか。その原動力と、仕事の魅力について話を伺った。
——関森さんは車夫になられて8年目とのことですが、どのような経緯でこのお仕事を始められたのでしょうか。
関森:もともとは大学3年生の時に、テレビ局のアナウンサーを目指して就職活動をしていたんです。人前で話すことが好きだったこともあり、アナウンサーを目指していました。ただ、かなり狭き門なので、最終面接まで行った会社もありましたが、結果的に全て落ちてしまいまして……。
——厳しい世界ですよね。
関森:その時に一番困ったのが、就職活動の要である「自己PR」でした。当時は人に誇れるような自己PRが何もなかったんです。アナウンサーの試験は、いかに自分をPRできるかがほぼ全てなので、本当に悩みました。大学4年生になり、アナウンサー試験も落ち続けていた時に、「何かを変えないと」と思っていたら、周りから「人力車をやってみれば?」と言われたんです。それが大学4年生の夏でした。
——まさに、この暑い時期に……。
関森:そうですね。でも、これをやらないと自己PRもできないし、就職もできないだろうという気持ちになり、始めてみることにしました。当時は今よりも女性の車夫が本当に少なくて、採用されるかどうかもわからないレベルでした。最初は「3ヶ月くらいで辞めるつもり」という軽い気持ちで面接を受けに行ったんです。
——そこから本格的に車夫の道へ進まれたのですね。研修はやはり大変でしたか?
関森:はい。7月頃から研修が始まったのですが、私はそれまで全く運動経験がなくて。人力車って体力自慢の人がやるイメージがあるかもしれませんが、私は全然違いました。
——運動未経験だと、最初はかなりきつそうですね。
関森:当時の店長を乗せて引く練習をするのですが、夏の暑さもあって5分でバテてしまいました。重さと暑さ、両方ですね。引き方やガイド、坂道の練習など覚えることもたくさんあるのですが、そもそも引くことができなくて……。そして研修開始から2週間後、店長を乗せたまま、180万円もする人力車をひっくり返してしまったんです。
——180万円……!
関森:バックの練習をしている時に、手を離してしまって。お客様が軽い方なら持ちこたえられるのですが、乗っていたのが男性の店長だったので、そのままバックドロップするようにひっくり返ってしまいました。
——なかなか大きな事故ですね。
関森:はい。そんなこともあって浅草店の方々は私を教えるのにお手上げだったのですが、そのとき、もう1つの店舗である姫路にいた社長に「兵庫県の姫路に来るなら教えるよ」と言われました。そしてこのまま辞めても何も残らないと思い、姫路に行くことに決め、8月の1ヶ月間、朝から晩まで姫路で研修をしました。そこでなんとか引けるようになって、浅草に戻ってきたんです。

観光案内人力車 「天下車屋」の店長で、レインボータウンFMでDJとしても活動している関森ありささん
写真/セールス森田
アナウンサー志望から人力車の世界へ
180万円の人力車を破壊…過酷すぎた研修時代

道路を渡るとき、車だけでなく、周りの歩行者や自転車などに細心の注意を払って渡らなければならない
Web編集者兼ライター。フリーライター・動画編集者を経て、現在は日刊SPA!編集・インタビュー記事の執筆を中心に活動中。全国各地の取材に出向くフットワークの軽さがセールスポイント
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