「BUDDHA BRAND」CQがタイ・パタヤに移住したワケ「今も昔もお金で買えないものがある」
1990年代半ばの日本語ラップ黎明期に登場し、シーンに大きな影響を与えたグループ「BUDDHA BRAND(ブッダ・ブランド)」。
日本語でラップすること自体が試行錯誤の連続だった時代に、「人間発電所」などの名曲を送り出し、まさに金字塔を打ち立てた。そのブッダ・ブランドのMCやDJとして活動していたのがCQさんだ。
現在、CQさんはタイ・パタヤに移住し、ミュージックバー「Buddha’s Holiday Bar」を経営している。なぜ日本を離れ、パタヤで新たな生活を始めることになったのか。バー開業に至る経緯から、現在の日常などを聞いた。
――タイ・パタヤに移住することになったきっかけを教えてください。
「パタヤから車で40分くらいのところに、シラチャという日本人が多く住む街があるんです。そこで毎年開催されている『シラチャ日本祭り』に、後輩ラッパーのVIKNから一緒に出ないかと誘われて。
それで初めて、仲間と一緒に観光も兼ねてタイに来て、祭りにも参加しました。そのときにパタヤで居酒屋をやっているVIKNの幼馴染から“一緒にバーをやらないか”と声をかけてもらったんです」
――もともと、バーをやりたいという願望はあったのでしょうか。
「それが、まったくなかったですね(笑)。バーの話を持ちかけられたときも最初は冗談かな、くらいに思っていました。でも実際にパタヤのバーで飲むようになると、ライブバーは多いけど、DJブースがあって、90年代のヒップホップやソウルを流している店がほとんどなかった。それなら、自分でやってみるのもアリなのかな、って。
いまは東京にいても、イベント出演は前ほど多くない。元メンバーのNIPPSも北海道に拠点を移しました。だったら、今は無理に動き回るより、パタヤでバーでもやりながら、少し落ち着くのもいいかなと思いました。現地には店づくりに慣れたパートナーもいて、オープンまでの流れは想像以上にスムーズでした。特に大きな苦労もなかったですね。本当に、ふらっと遊びに来た延長線みたいな感覚です(笑)」
――タイに来る前、どんなイメージを持っていましたか? 実際に住んでみて印象は変わりましたか?
「昔はバックパッカーが多くて、若者が行く場所、というイメージでした。でも実際に住んでみると、思ったほど物価が安いわけでもない。ただ、誰からも干渉されない感じがすごく楽なんです。
あと、夜の街のパワーがとにかく強烈で、常にギラギラしている。その割に治安は良くて、夜に一人で歩いていても、危ない思いをすることはほとんどない。人も優しいし、バイクの盗難なんかもアメリカに比べたら全然少ないですね(笑)」
――パタヤでの普段の生活はどんな感じですか?
「朝にビーチまで散歩したり、一緒に店をやっている知人と食事をしたり。時間があれば、ビーチでただのんびり過ごしています。
この前は近くのラン島に日帰りで行きました。下調べをせずに行ったら、あまり綺麗じゃない狭いビーチに連れて行かれてしまって(笑)。やっぱり、下調べは大事ですね。個人的には、パタヤビーチのほうが好きかもしれないです」
――日本にいた頃と比べて、生活は大きく変わりましたか?
「変わりましたね。日本にいるときより、今は夜まで仕事をしているので。生活リズムはかなり違います。友達や家族が近くにいないので、ふと寂しさを感じることもあります」
――タイでの生活で、特に印象に残っていることはありますか?
「ウォーキングストリートっていう、ゴーゴーバーが並ぶ通りがあるんですけど、毎晩、世界中から観光客が集まっていて、すごい熱気があります。あと、同じ業種の店が本当に多い。日本よりも“同じような店が密集している感じ”が強いですね」

CQさん
タイの「日本人祭り」をきっかけにタイへ
――タイ・パタヤに移住することになったきっかけを教えてください。
「パタヤから車で40分くらいのところに、シラチャという日本人が多く住む街があるんです。そこで毎年開催されている『シラチャ日本祭り』に、後輩ラッパーのVIKNから一緒に出ないかと誘われて。
それで初めて、仲間と一緒に観光も兼ねてタイに来て、祭りにも参加しました。そのときにパタヤで居酒屋をやっているVIKNの幼馴染から“一緒にバーをやらないか”と声をかけてもらったんです」
――もともと、バーをやりたいという願望はあったのでしょうか。
「それが、まったくなかったですね(笑)。バーの話を持ちかけられたときも最初は冗談かな、くらいに思っていました。でも実際にパタヤのバーで飲むようになると、ライブバーは多いけど、DJブースがあって、90年代のヒップホップやソウルを流している店がほとんどなかった。それなら、自分でやってみるのもアリなのかな、って。
いまは東京にいても、イベント出演は前ほど多くない。元メンバーのNIPPSも北海道に拠点を移しました。だったら、今は無理に動き回るより、パタヤでバーでもやりながら、少し落ち着くのもいいかなと思いました。現地には店づくりに慣れたパートナーもいて、オープンまでの流れは想像以上にスムーズでした。特に大きな苦労もなかったですね。本当に、ふらっと遊びに来た延長線みたいな感覚です(笑)」
パタヤは人が優しくてのんびりできる街
――タイに来る前、どんなイメージを持っていましたか? 実際に住んでみて印象は変わりましたか?
「昔はバックパッカーが多くて、若者が行く場所、というイメージでした。でも実際に住んでみると、思ったほど物価が安いわけでもない。ただ、誰からも干渉されない感じがすごく楽なんです。
あと、夜の街のパワーがとにかく強烈で、常にギラギラしている。その割に治安は良くて、夜に一人で歩いていても、危ない思いをすることはほとんどない。人も優しいし、バイクの盗難なんかもアメリカに比べたら全然少ないですね(笑)」
――パタヤでの普段の生活はどんな感じですか?
「朝にビーチまで散歩したり、一緒に店をやっている知人と食事をしたり。時間があれば、ビーチでただのんびり過ごしています。
この前は近くのラン島に日帰りで行きました。下調べをせずに行ったら、あまり綺麗じゃない狭いビーチに連れて行かれてしまって(笑)。やっぱり、下調べは大事ですね。個人的には、パタヤビーチのほうが好きかもしれないです」
――日本にいた頃と比べて、生活は大きく変わりましたか?
「変わりましたね。日本にいるときより、今は夜まで仕事をしているので。生活リズムはかなり違います。友達や家族が近くにいないので、ふと寂しさを感じることもあります」
――タイでの生活で、特に印象に残っていることはありますか?
「ウォーキングストリートっていう、ゴーゴーバーが並ぶ通りがあるんですけど、毎晩、世界中から観光客が集まっていて、すごい熱気があります。あと、同じ業種の店が本当に多い。日本よりも“同じような店が密集している感じ”が強いですね」
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東京都出身。20代を歌舞伎町で過ごす、元キャバ嬢ライター。現在はタイと日本を往復し、夜の街やタイに住む人を取材する海外短期滞在ライターとしても活動中。アジアの日本人キャバクラに潜入就職した著書『底辺キャバ嬢、アジアでナンバー1になる』(イーストプレス)が発売中。X(旧Twitter):@ayumikawano
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