スポーツ

夜中のお菓子、炭酸飲料をいかにやめさせるか…アスリートの「欲」と向き合う“仕事人”を直撃。モットーは「食事は心理戦」

アスリートは、グラウンドの上だけで戦っているわけではない。近年のプロスポーツ界において、チーム躍進の大きな原動力の一つと言われているのが、現場で活躍するスポーツ栄養士の存在だ。 今や業界内外で注目を集めるスポーツ栄養士の吉谷佳代さんが、栄養学の実践により学んだ、食事を通して健康的な身体をつくるための驚きの方法とは? 栄養士だった母のレバー料理から大学での学び、ラグビートップリーグでの挫折、そしてプロの現場でつかんだ「対話」の重要性までーー。包み隠さず自身のキャリアを語ってもらった。
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吉谷佳代さん

栄養士だった母のレバー料理

──子どもの頃から、スポーツがお好きだったのですね。 吉谷佳代(以下吉谷):ええ、とにかく体を動かすのが好きな子どもでした。水泳もしましたし、バレーボールもしましたけど、一番本気でやっていたのは陸上ですね。中学、高校と800メートル走を専門にしていて、部活中心の毎日でした。 ──その頃から、食事や栄養も意識されていたのでしょうか? 吉谷:母の影響が大きかったと思います。母が栄養士の資格を持っていて、家ではいつも「これは体にいい」と色々な料理を作ってくれて。 ──印象に残っているメニューはありますか? 吉谷:レバーを使った料理はよく覚えていますね。あれって独特の臭みがあるじゃないですか。母はそれを「牛乳にちょっとつけといたら臭み取れるねん」などと言いながら、当たり前のように処理していたんです。試合前になると鉄分の多い食材が増えたもので、「今日はほうれん草多いな」とか(笑)。当時は深く考えずに食べていましたけど、今振り返ると、かなりスポーツ栄養的なことを自然にやってくれていたんだなと思います。

大学時代に出会った「スポーツ栄養学」の恩師

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恩師との出会いにより、進路に現実味が帯びていった

──進路として「栄養の道に進もう」と決めたのは? 吉谷:高校生の頃にはもう、「栄養の道に行きたい」と進路指導でも話していました。結果的には徳島大学医学部の栄養学科に進みまして、今振り返ると本当に先生方に恵まれていて、「この学部でよかったな」と心から思っています。基礎の栄養学はもちろん、人の体をトータルで見る視点をしっかり教えてもらいました。 ──大学時代から、すでに「スポーツ栄養をやりたい」という気持ちはあったのですか? 吉谷:ありましたね。自分自身がずっとスポーツをやってきたので、アスリートの方々を栄養面からサポートしたいという憧れは強かったです。ただ、当時は今みたいに「スポーツ栄養学」という概念がほとんどなくて。専用の教科書もなければ、スポーツ栄養学科のようなものもない。「どうやってそこに辿り着いたらいいんやろか……」と、ずっと手探り状態でした。 ──そんな中で、出会ったのが山上文子先生だったのですね。 吉谷:大塚製薬陸上部の栄養サポートをされていた先生なんですけど、研究者らしさと、「お母さん」みたいな温かさを両方持っておられる方でした。学生に対しても「うちに来て、何でも話していいよ」と、自宅に呼んでご飯を作ってくれたり。選手に対しても同じで、「栄養士と選手」というより、「家族に近い距離感」で接している姿がすごく印象に残っています。 ──山上先生から、特にどんなことを学ばれましたか。 吉谷:一番大きかったのは、「栄養指導は、数字やカロリーの話だけにとどまらない」ということですね。もちろん科学的な裏付けはしっかりあるんですけど、現場でのアイスブレイクは「ちゃんと食べてる?」「最近どう?」という会話からなんです。ご飯を一緒に食べながら、色々な話を聞いて、そのうえで「じゃあ、こういう食べ方してみよか」と提案していく。そんな姿を目の当たりにして、「こういうスポーツ栄養士になりたい」と強く思うようになったんです。
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プロリーグでの栄養サポートで味わった“初の挫折”とは?
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主に関西圏で広告関係やマガジン系の仕事をしながら、映像の企画・構成なども手掛ける。芸人さんやちょっと変わった経営者さんなどの話を聞くのがライフワーク Twitter:@h_mirai1987
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