更新日:2026年04月20日 09:26
仕事

92歳でも「週4で働く」現役薬剤師の“自然体”な生き方。日常生活も食事も「特別なことは何もしていない」

現代は「成長意欲」が強く求められる時代だ。目標を掲げ、挑戦し続けることが良しとされる一方で、それに疲れてしまう人も少なくない。常に前に進み続けなければならないプレッシャーは、見えない重荷にもなる。 一方、真逆のスタンスで、卒寿を超えてなお現役で活躍する人もいる。92歳にして薬局に立ち続ける薬剤師・星盛次さんも、その一人だ。 「特別なことは、何もしていないですよ」 穏やかに語る言葉は、拍子抜けするほどシンプルだ。しかし、「特別なことはない」という一言の奥にこそ、息苦しさを感じる現代を生き抜くヒントが潜んでいる。
星盛次さん

星盛次さん

日本の国際連盟脱退、ヒトラー政権誕生の年に生まれた

星さんは1933(昭和8)年、宮城県で農家の次男として生まれた。日本が国際連盟を脱退し、ドイツではヒトラーが政権を握った年だ。同年生まれには黒柳徹子、高木ブー、草笛光子らがいる。やがて世界は戦争へと突入し、日本は敗戦。星さんが中学に進む頃、日本は民主国家として再出発した。 薬剤師を志したきっかけは、農業高校時代に近所の先輩から「薬剤師なら確実に就職できる」と勧められたことだった。東北薬科大学(現・東北医科薬科大学)に進学し資格を取得。卒業後は地元の病院に勤務した。 「戦後の就職難の時代でしたからね。それで進路を変えただけです」 時代の流れに身を委ねながらも、決して受け身ではない。やがて薬局長として多くのスタッフを束ねる立場も任された。 「夜、自宅で食事をしていても救急車の音が聞こえれば、『急患だ。電話が来るな』と分かる。呼び出されて、そのまま翌々日の朝まで働くこともあった。でも、つらいと思ったことは一度もない。それが仕事だからね」 現代の感覚ではハードな働き方だが、与えられた役割を淡々と全うする姿勢がうかがえる。 病院退職後は医薬品卸売企業に勤務。その後、星さんと同じ薬剤師の道に進んだ娘の利佳さんが1998(平成10)年に「有限会社メディカ ほし薬局」を開業すると、星さんも仕事を手伝うようになった。現在はほし薬局新庄鉄砲町店で週4回、午前中に勤務している。

いまだに大盛りのラーメンを食べることも

90歳を超えてなお週4日働いているが、日常は意外なほど普通だ。「朝に軽くストレッチとエアロバイクをするくらい。あとは、たまにゴルフをする程度」と語る。 「もともと体は強くない。動かさないとどこか痛くなるから、少しやるだけです」 食生活も自然体だ。特別なサプリメントや食事制限もしていない。50年以上通う地元のラーメン店・一茶庵に今も足を運び、「大盛りを食べることもありますよ」と笑う。体調に応じて量を調整するだけで、無理はしない。 かつては毎日酒を飲んでいたが、約30年前、持病のぜんそくへの影響を感じてきっぱりやめた。「やめたくはなかったけど、体のためにね」。同時期にタバコも断った。「タバコは何一つプラスがないからさ」。必要な場面では迷わず舵を切る。このバランス感覚は見逃せない。
次のページ
今でも「新しい薬に興味がある」
1
2
1980年東京生まれ。毎日新聞「キャンパる」学生記者、化学工業日報記者などを経てフリーランス。通信社で俳優インタビューを担当するほか、ウェブメディア、週刊誌等に寄稿

記事一覧へ