雑学

【実録】海外逃亡生活のリアル

アラモアナショッピングセンター

Mと遭遇したのはホノルル市内のアラモアナショッピングセンター。「マニラからの旅行先はバリ島、オーストラリアが人気ですが、日本人が多いハワイのほうが気分的にもいいので」(M)

「新しい投資システムを開発した」と、複数の投資家から多額の投資金を集めシンガポールへ高飛びした慶大生のニュースは記憶に新しい。持ち逃げしたとされる資金は20億円にのぼるとも噂されているが、逃亡後の人生とはどのようなものなのか? 誰もが経験することのないことだけに想像することは容易ではないのだが、先日、記者が旅行先に訪れたハワイ・ホノルル市内で、4年間の海外逃亡生活を続ける知人と偶然再会。その逃亡理由、資金、滞在国ともに慶大生とは異なるのだが、「知られざる海外逃亡生活のリアル」の一端として紹介しよう。

 知人のM(33歳)は某アダルト系モデルプロダクションの元社員。5年前、業界ではタブーのモデルとの色恋沙汰が発覚し、売り上げ金200万円(アダルト業界の集金は現金取り引きが多い)を横領してモデルとふたりで逃走。会社側は必死の捜索活動に及んだが、「どうやら逃亡先は海外らしい」という結論に到達し捜索を断念した。

 ホノルル市内のショッピングセンターで記者を見つけたMは、一瞬、バツの悪そうな表情をしたが、「いやぁ、やっぱり知り合いに見つかると思ったんッスよ。ハワイは危ないッスね」と苦笑いを浮かべた。

 Mの最初の逃亡先はタイ・バンコク。モデルと合わせた逃亡資金は1500万円。渡航後、現地のブローカーから「事業目的」という名目でワーキングビザを手配してもらった。

「最初は持ち逃げする気なんてなかったんですよ。でも、彼女が『アンタとデキてるのがバレたら中国に売り飛ばされてダルマにされる』って妄想がヒドくって……。そんな極悪な組織じゃないんですけどね(笑)。でも、海外で商売したいって思いは昔から強かったし、英語も自信ありましたから」

 しかし、何のツテもなく海外へ行ったところで仕事が見つかるわけでもない。逃亡初期は、働きもせず、月12万円のコンドミニアムに滞在。たいした贅沢をするわけでもなく、二人の虎の子の1500万円は、僅か1年間で1000万円にまで目減りしてしまった。

「バンコクは物価が安い……って思い込みが落とし穴でしたね。物価の安さを享受するには、現地の生活レベルに合わせられればってのが前提で、これが思いのほか難しいんです。英語も通じないバンコクの市場で、地元のオバちゃんとコミュニケーションなんてとれっこないですよ。自炊するのだって、最初は古本屋で料理本買って、『タイの食材で本格タイ料理に挑戦だ』なんてキャッキャッ言って楽しんでたけど、やっぱりソウルフードは日本食だから日本のコメが食いたくなる。ついつい外国人向けのスーパーに足が向かうんだけど、値段は日本とたいして変わりませんから……。仕事が無いと散財するばかりだから、情報を得ようと、日本人ビジネスマンが多く集まる居酒屋に行ったんです。でも、あいつらみんな大企業の駐在員ばかりで、こっちが求めてるような働き口なんか紹介してくれないんだ」

 たまに声をかけられたと思えば「日本人観光客相手の詐欺商売」など、微妙なものばかり。そして、「このニートのクズ野郎!」の一言を残し、一緒に逃亡した元モデルは帰国してしまった。

「半年経った頃からケンカは絶えませんでした。街に出ても会話はロクに通じないし、先行きも見えない。ストレスはたまる一方ですからね。女連れで海外ボヘミアン生活なんて絶対に成り立ちませんよ。ネットで見たけど、慶大生も女連れで……シンガポールでしたっけ? カネはあるかもしれないけど、厳しいんじゃないですか? 周りに話せる人がいない環境で同じ相手と同居するって、地球が滅亡して、生き残ったのはふたりだけのような寂しさを感じるもんですから」

リトルトーキョー

Mが現在住んでいるのは、フィリピン・マニラのリトルトーキョーにあるマンション。家賃は月3万円だとか

「バンコクに自分の居場所はない」と悟ったMは、彼女が去った半年後にフィリピンのマニラへ向かった。日本人が経営する、ゴルフコースの代理店に勤め(月給12万円)、現地の彼女も出来た。職場、そして彼女から派生した友人も出来て、孤独に苛まれる生活からは脱却することができたようだ。

人間関係は自分の属する社会があって初めて成り立つもの。地縁の無い海外逃亡生活には、それが何よりのネックとなりそうだ。 <取材・文/スギナミ>




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