大谷翔平も真っ青?米国で真の“二刀流”アスリートが生まれる理由
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2013年のプロ野球では、日本ハムの高卒ルーキー大谷翔平による投手と野手の“二刀流”挑戦が話題になったが、世界を見渡せば上には上がいるもの。海の向こうアメリカでは、異なる複数の競技でプロ選手として活躍するような、正真正銘の二刀流アスリートがいる。
現地時間12月12日、MLBでは「ルール5ドラフト」と呼ばれる、他チームのマイナー組織に所属する若手選手を指名し獲得できるドラフトが行われた。有望選手が十分な活躍の場を与えられずに飼い殺し状態になることを防ぐ目的で作られた制度である。
今年のルール5ドラフトで、ダルビッシュ有が所属するテキサス・レンジャーズが指名したのは、何とNFLシアトル・シーホークスのクォーターバック(QB)、ラッセル・ウィルソンだった。
現在はNFLのスターQBとして活躍している25歳のウィルソン。大学在学中はフットボールだけでなく野球でも類希なる才能を発揮しており、2007年にMLBコロラド・ロッキーズからドラフト4巡目で指名され、マイナーリーグで2年間プレーした経験がある。
現在はフットボール一筋で、野球は2011年以降プレーしていないが、ロッキーズはルール上ウィルソンの保有権をまだ有していた。この保有権を、今回のルール5ドラフトでレンジャーズが譲り受けた格好だ。
もっとも、ウィルソンは既に自身のキャリアをフットボール一本に絞っており、野球との二刀流に挑戦する意思はないとのこと。レンジャーズもウィルソンを純粋に選手として指名したのではなく、一流アスリートとしての姿勢や心得を自軍の若手選手たちに伝えてほしいという思惑もあるようだ。
◆アメリカでは“二刀流”はおろか“三刀流”も
ウィルソンの“二刀流”は残念ながら実現しなそうだが、アメリカではときに複数のプロスポーツでスター選手として活躍するような怪物が現れる。
80年代後半にMLBカンザスシティ・ロイヤルズとNFLのオークランド・レイダースの両方でプレーしたボー・ジャクソンは、両リーグでオールスターに選出される偉業を成し遂げた。また、90年代にMLBでアトランタ・ブレーブスなど4チームを渡り歩き、NFLでもダラス・カウボーイズなどで活躍したディオン・サンダースは、MLBワールドシリーズとNFLスーパーボウルという2つのアメリカスポーツ最高の舞台に出場した。
ジャクソンとサンダースのように2つのプロリーグで活躍するほどの選手は流石に多くはないが、たとえば現役メジャーリーガーにはアマチュア時代にNFLやNBAからも注目されていたという選手が少なくない。ニューヨーク・ヤンキースのアレックス・ロドリゲスは高校時代、バスケでもレギュラー選手として活躍し、アメフトではクォーターバックとして多くの大学から注目を集めていた“三刀流”アスリートだった。
◆「選択肢を増やす」アメリカの掛け持ちシステム
アメリカでは、高校生までのアマチュア選手は複数のスポーツを掛け持ちするのが一般的だ。特に春から夏は野球、そして秋から冬はフットボールをプレーするのは王道といえる。日本の部活動のように、甲子園を目指して1年中野球漬け、もしくはサッカー漬けといったようなスタイルは稀だ。
今回話題になったウィルソンは、大学時代も野球とフットボールの両方をプレーしていた。そして、両方でプロになった。もしウィルソンが「野球一筋」あるいは「フットボール一筋」だったら有り得なかったキャリアだ。
アメリカの“掛け持ち”文化の良いところは、複数のスポーツをやってみることで、自分の意思や適正をより客観的に把握できることだろう。「自分は野球よりバスケの方が好きかもしれない」「自分はフットボールより野球の方が向いているらしい」。複数の選択肢を持ちそれぞれを比較することで、アスリートとしての可能性が広げることができる。
アメリカのユーススポーツにも、問題はある。たとえば、多くの競技では小学校入学くらいの年齢からトライアウトが行われ、選手たちはレベルに応じてチーム分けされる。「プレーを楽しむこと」を奨励される一方で選手たちは、激しい競争にさらされる。アメリカのスポーツ界に蔓延するドーピング問題は、幼少期からの過剰な実力至上主義の産物とも考えられる。
それでも、複数競技の掛け持ちはアメリカスポーツの素晴らしい文化だ。スポーツに限らず、アメリカの教育は基本的に「選択肢を増やす」システムを採用している。
たとえば大学教育においても、1、2年時にリベラルアーツ(一般教養)を幅広く学び、3年時からメジャー(専攻)を学ぶのが一般的。学問にしてもスポーツにしても「あまり早い段階からひとつに絞り込まず、広い視野で色々やってみろ」という思想が根底にある。
日本では部活の掛け持ちを禁止している学校も多く、中高生のうちからひとつの競技に専念するケースが多い。「ひとつのことに一生懸命取り組む」ことも大事だが、個々人が様々な可能性を秘めた中高生の段階で選択肢を狭めてしまうことは勿体ないとも思える。近年は体罰問題などがクローズアップされている日本の“部活”文化が持つ閉塞感の一因は、この「選択肢の少なさ」にあるのではないだろうか。
<取材・文/内野宗治(スポーツカルチャー研究所)>
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