「信州ジビエブーム」の仕掛け人が語るジビエの可能性
東京から約200km、長野県茅野市の山間部に、全国のジビエファンが集まるフランス料理の名店「オーベルジュ・エスポワール」がある。信州ジビエ料理や信州の食材を利用するのが特長で、シェフの藤木徳彦氏は、ジビエ料理を全国に広め、野生鳥獣被害の減少や地域の活性化を目指して設立された「日本ジビエ振興協議会」の代表も務めている。
シカにイノシシ、クマなどは山里の田畑や家畜に被害をもたらす害獣というイメージが先行するが、欧州では高級食材。そこで、日本でも近年、見直されつつあるジビエの魅力と可能性について、藤木シェフにインタビューを行った。
――日本ではともするとシカやイノシシ、クマなどは、農作物を荒らしたり、家畜を襲うなど害獣という扱いを受けています。
藤木:僕は害獣という見方はしていません。フランス料理の視点からいくと、ジビエという高級食材であって、山の恵みや冬の美食という考え方なんです。
◆曖昧だったジビエの食肉処理法をガイドライン化
――海外で高級食材として愛されているジビエが、日本でなかなか広まらなかった理由はどこにあるのでしょうか?
藤木:“衛生の基準がなかった”ことが問題でしたね。たとえば長野県では昔からシカ刺しやボタン鍋を食べていましたが、山で獲った獲物を飲食店が扱うことに対して、保健所も伝統文化ということであえて摘発しなかったんですが、これは実はグレーゾーンなんです。もともとジビエは、扱いが肉ではなくてモノです。家畜でもないので、と畜場法には属さない。長野県には4か所のと畜場があるんですが、家畜に認定されているものは搬入して肉を捌くことができても、家畜以外のものはと畜場法で持ち込み禁止なんです。では、どこで裁くか? 猟師は山で作業します。そこに問題があったんです。しとめた獲物の放血をして、皮はぎ、脱骨、内臓摘出をして、正肉にしたものをビニールに入れて持って降りる。これが、食肉処理法に違反するんです。
しかし、国にもルールがなく、長野県がブランド化していこうとするには、ルールを明確化する必要がありあました。そこで長野県は平成19年に、全国で2番目(※1番目は北海道で平成18年に「エゾシカ衛生処理マニュアル」を作成)に「信州ジビエ衛生ガイドライン」というものをつくりました。
そのなかで、山肉を食べるまでのルールを作成しました。(1)「猟師さんがやっていい行為」(2)「獣肉処理施設がやっていい行為」(3)「飲食店がやっていい行為」というのを明確に分けました。(1)では、放血をした後、2時間以内に内臓が入ったまま処理施設に搬入する、(2)ではすみやかに内臓を出し、皮をはぐ作業をする。そのときも細かいルール(さばき方、用具の殺菌法、皮の洗浄法、処理した肉の保存法など)を決めました。(3)では、指定された獣肉処理施設から肉を買わないといけないなどです。
◆さらなる問題は「販路の開拓」と「価格」に
藤木:それと販路を開拓するのが課題でした。肉処理をするところまでは、ある程度、国の補助金でできます。鳥獣被害対策費として国が200何億円というお金を出しているんですけれども、同等の被害が出ているんですよ。日本全国で150か所の獣肉処理施設があるんですが、ほとんどのところで肉が売れず余っています。
現在、シカはニュージーランドのものが90%以上、外食産業に出回っている。それとエゾシカですよね。イノシシは、カナダとアメリカの半野生。ウリボウを捕まえていきて、半分肥育をかけたものをしめて出す。シカもそうです。広大な自然の中で捕まえてきて、一定期間肥育をかけて、生きたままと場に入れて1頭ずつしめ、内臓の検査をして、食べるのに適したものだけを出荷しているんです。
あとは価格の問題です。海外のもののほうが日本のものより価格が安いんです。日本の料理人さんたちも協力をしてくれそうなんですが、価格の部分でハードルになっている。たとえばシカの場合、70kgのシカを生肉にすると、大体30kgから35kg。そのなかの飲食店がほしがる部位は、背ロースとモモだけ。それで大体12kgなんです。残りはみなさん“くず肉”っていうんですけど、前足、首肉、すね肉は筋がかたくてひき肉にしかできない。それで価格が跳ね上がってしまう。そうなると市場で競争すらできない。
そこで考えたのが、くず肉を有効利用できる仕組みをつくることでした。長野県で獲れたシカのくず肉と呼ばれる部分を、福祉施設の食品加工工場で精肉します。そこでつくったものを販売しようと。5年くらい前になりますかね、JRさんに「どうにか東京駅のマーケットで売ってくれないか」と直接お願いに行きました。最初は怒られましたね(笑)。でも話をしていくなかで、駅中の飲食店なら販路ができるかもしれないということで、協力していただきました。今までは地域で消費しようというので一生懸命だったんですが、JRさんのおかげで長野県だけでなく、東京でも消費されるようになっています。
――たしかに、最近では、ファストフードでもジビエが利用されるようになり、藤木さんが携わったベッカーズの「信州ジビエ 鹿肉バーガー」も話題になりました。
藤木:そうなんです。昨年の11月1日から30日の期間限定で、最初は8000食の注文をいただいたんですが、発売から3日で5000食が売れまして。そこで増産してくれといわれて、2000食は増産したんですが、これ以上は無理ですと(笑)。結局1万食が完売しました(※1月20日より数量限定で復活販売)。また、ベックスコーヒーでは、30店舗すべてで「信州ジビエカレー~鹿肉入り~」を販売するにいたりました。最初はワイルドな料理だと思って男性が興味を示すかと思っていたのですが、アンケートを取ると20代、30代の女性の方たちのほうが興味をもっていて。鹿肉のヘルシーなところが気に入られたのかもしれませんね。
――よりジビエが日本に浸透していくための課題とは何でしょう?
藤木:ジビエ振興はもとは「農家さんを助けたい」という思いから。今は「大変だから自分の子供にも継がせたくない」「大変な仕事のわりに実入りが少ないに加えて、鳥獣被害。来年からはやらない」という人も多いんです。うちはもともと地産地消ではじめたので、農家さんがいなくなると魅力を発信できない。現在は補助金が頼りの福祉施設も「補助金なんてなくてもジビエで稼いでいく。これで生活するんだ」くらいのイメージで事業を成り立たせていかないとジビエ振興はきっとうまくいかない。産業として成り立たせていかないと。
鹿肉バーガーが好評だったことで、いろんなところからやってみたいという話をいただいています。これがいろんなところで繋がっていけば、いい取り組みが形としてできるんじゃないかと思います。また、猟師さんに関しても、「いつまでに、どのくらい、どのような状態で搬入する」という依頼にプロとして仕事をしてほしいので、人材育成をしていきたいと思います。
長野県では2000年を過ぎたころからシカとシカによる被害も増えてきたということで、県としては一石二鳥だったんですが、そうなると今度は「保護しろ」という声も上がってきます。どうやってバランスをとっていくかですね。フランス料理の親方に教わったのは、「命はすべてをいただく、料理はお皿の上ですべてを表現しろ」と。「頭から内臓から足の先まですべてを調理して、あますことなく食べる。そうすることで鳥獣に感謝の気持ちを捧げる」というのが料理人の真髄としてあると思います。
【オーベルジュ・エスポワール】
住所:長野県茅野市北山蓼科中央高原
Tel&Fax:0266-67-4250
定休日:毎週木曜日、月1回の水曜日、3月第3・4週休業
(8月は無休で営業)
●ベッカーズ:http://www.jefb.co.jp/beckers/
<撮影/髙仲建次 取材・文/おはつ(本誌)>
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