安楽死ってどうなの? 傑作映画はかく語りき
◆「四肢麻痺。それは地獄の中で続く死だ」
末期の脳腫瘍で余命宣告を受け、動画サイトに「安楽死」を予告した米国人女性・ブリタニー・メイナードさん(29)が、予告通り医師の処方薬を服用して死亡した事件が、世界中に賛否両論を巻き起こしている。
ローマ法王庁(バチカン)の反応は特に早かった。
「自殺は生命を否定する行為」「ばかげている」と語気を強めて女性の行為を批判。欧米では「バチカンの言ってることは時代遅れ」「死ぬのは本人の自由」とその選択を支持する者がいる一方、「最後まで病気と闘うべき」「望みを捨ててはいけない」とその判断が誤りとする者もいて議論が紛糾している。
そこで、身近な問題として安楽死を考えてみたい人に、とても参考になる映画があるのでご紹介しよう。
(※ネタバレする箇所がございます。ご了承ください)
ちょうど10年前に公開されて話題を呼んだスペイン映画「海を飛ぶ夢」(’04)は、全身麻痺のために「自分の人生には尊厳がない」として死を選んだ実在の人物、ラモン・サンペドロ(ハビエル・バルデム)の半生をモデルにした傑作ドラマだ。
ラモンは25歳の時、岩場の海中に転落した際に頸椎を損傷し、それ以来約30年もの間、安楽死を求めて法廷の場で国を相手取って闘いを繰り広げたことで知られる。’98年にある女性からシアン化物溶液を受け取って命を絶った。
原作の手記『地獄からの手紙』で彼は言う。「四肢麻痺。それは、地獄のなかで永遠に続く死だ」と。そして「死んだ体にくっついた生きた頭」の状態にあることに「人間の意志に反した不条理な苦痛」しか感じない……と。
◆どこまで本人の主観を尊重すべきか
ラモンは、末期患者ではない。ましてや耐え難い肉体的苦痛に見舞われているわけでもない。要するに「主観的な精神的苦痛」に基づくものだ。なぜなら四肢麻痺になっても人生を謳歌している人々はいくらでもいるからだ。
映画は、当事者であるラモン、家族などの親近者、その周囲に現れる宗教者や運動家それぞれの立場をフェアに描く。ラモンは知的でユーモアがあり、皆に愛されるキャラクターで、人間関係・生活ともに恵まれたいわゆる「リア充」に見える。
だから、第三者的には(とりわけ観客からすると)「なぜそこまで死を望むのかが不可解」に感じられる。このギャップは決して埋まらない。つまり、これは先の本人の「主観的な」認識をどこまで尊重すべきかという難問を突き付けているのだ。
「この仕事が自分に合わないから辞める」ならまだしも、「この生が自分に合わないから辞める(死ぬ)」と言われれば誰でも困惑するだろう。だが、この困惑を理解不能なものとして蔑ろにしたり、否定したりすることは最も本人の尊厳を傷付けることになるのだ。
そんなジレンマをここまで俯瞰的に見せることができる作品は稀である。
◆クリント・イーストウッドが問うた「生かすことは殺すこと」の矛盾
クリント・イーストウッドが監督・主演したアカデミー賞受賞作「ミリオンダラー・ベイビー」(’04)も似たような構図を浮き彫りにする。人気ボクサーのマギー・フィッツジェラルド(ヒラリー・スワンク)は、試合中の事故で自発呼吸ができない全身麻痺の状態になる。前半にボクサーとしてのサクセスストーリーが展開されるので、その落差は非常にショッキングで気が滅入るものがある。
トレーナーのフランキー・ダン(クリント・イーストウッド)は、マギーに「私は思い通りに生きた。その誇りを奪わないで」と安楽死の介助を乞われ苦悩する。
ダンの告白――「彼女は死にたがってて、俺は彼女を守ってやりたい。しかし、(彼女を)生かすことは殺すことだ。この矛盾をどう解決すれば?」――ほどこのジレンマをシンプルに言い表した台詞はないだろう。
ラストは、ダンがマギーの人工呼吸器を外し、大量のアドレナリンを打つ。
(※ただし、このシーンは米国内では可能な延命治療の拒否ができないように描写され、現実の医療現場としてかなり不自然との批判が出たことに注意したい)
それとは対照的なのは「何もせずに身を引き、すべてを神にお任せするのだ」とアドバイスする神父で、映画はこの態度が一種の思考停止だと告発しているようにも受け取れる。「神にお任せする」とは、「本人の意思などどうでも良い」という意味だからだ。
イーストウッドは、ダンを自殺介助後に失踪する結末を用意し、決して問題が片付いたわけではないことを暗示する。
つまり、これが唯一の答えだとも思ってはいないのだ。
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<文/真鍋 厚>
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『海を飛ぶ夢』 自分らしく生きるために「尊厳死」という選択をするが、彼を心から愛する人々は、彼の選択に動揺し、葛藤する―― |
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