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大宅賞受賞のジャーナリスト・安田浩一氏の次のターゲットは「ネット私刑(リンチ)」

 6月19日、第46回大宅壮一ノンフィクション賞の贈呈式が行われた。

第46回大宅壮一ノンフィクション賞 大宅賞受賞のジャーナリスト・安田浩一氏 書籍部門の受賞者は、『捏造の科学者 STAP細胞事件』(文藝春秋)の著者で、毎日新聞記者の須田桃子氏。そして、昨年から新設された雑誌部門に選ばれたのが『ルポ 外国人「隷属」労働者』(『G2』’14年9月号・講談社)を著したジャーナリストの安田浩一氏だ。

 同ルポは、「外国人技能実習生」の名の下に、1日12時間労働、休日は月に1日、時給300円程度という劣悪な労働条件に加え、蔓延するパワハラ、セクハラ……人間扱いさえされない外国人労働者の苛酷な実態を炙り出した。

「外国人労働者を雇用する側が生き残るために、犠牲を強いる社会であってはならない」

 安田氏の授賞スピーチは、少々、意外な言葉で締めくくられた。

 彼の名は、ヘイトスピーチと排外主義を撒き散らす在特会(在日特権を許さない市民の会)に肉薄した著書『ネットと愛国』(講談社)でつとに有名だが、常に弱者と寄り添うのがスタイル。「雇用する側」を糾弾するのが安田氏の姿勢ではなかったのか?

「’90年代から外国人労働者の問題を取材してきた僕には、雇用する企業は許し難い! というありがちな正義感めいたものが、確かにありました。

ところが経営者に取材すると、彼らも生きるのに精一杯という事実がわかってきた。たとえば、僕が取材したブラウスの縫製工場では、発注元のメーカーから受け取る工賃が極端に安いんです。この経営者はメーカーに工賃を上げてくれるよう交渉したとき、『2つに1つしかない。1つは海外に工場を移す』と言われたといいます。無論、零細企業には不可能な相談です。では、もう1つは何かとメーカーに聞いたら、『廃業ですね』と言い放たれたという……。

そんなときにできたのが、外国人研修制度でした。各地にブローカーが生まれ、縫製業のような不況業種に外国人労働者が一気に定着していった。ところが、取材でこうしたことを語った工場経営者の顔は、僕が描いていた悪徳資本家のそれではなく、被害者の顔だったのです」

 今や、安田氏といえば反ヘイトスピーチの代表的言論人の印象が強いが、実は、彼が在特会の存在を知ったのも、外国人労働者問題の取材現場だった。

「外国人という理由だけで低賃金で雇用すれば、労働者を壊していくのはもちろん、実は経営者も壊していく。そして、地域をも壊していくのです。不当に安い賃金で外国人を雇えば、当然、日本人の賃金相場もそこに引っ張られていく。外国人労働者の問題は、単に雇用の問題ではなく、すべてを破壊していくわけです。

こうした取材経験から、僕はヘイトスピーチもまた、いろいろなものを壊していくことを理解しました。まず壊されるのは、罵詈雑言を浴びせられた直接的な被害者。そして、ヘイトスピーチを叫んでいる人も、生まれながらのレイシストではない。人生を歩むなかで、彼らは変わっていった……つまり、壊されていったわけです。憎悪と差別、偏見で凝り固まり、論理が粗雑になった結果、想像したり考えたりすることを放棄するようになっている。

さらに、こうしたデモが繰り返されることで、地域が壊されていく。デモによって街の風景や空気が汚されるだけでなく、地域で日本人と外国人の分断が助長される。僕にとって、外国人労働者の問題とヘイトスピーチの問題は地続きなのです」

 今の日本社会が抱える問題には、どこか通底する部分がある。

 このように指摘する安田氏が、次の取材テーマに選んだのが、先の川崎の中1殺害事件で問題となったネット上での私的制裁――「ネット私刑(リンチ)」だ。

 この川崎の事件では、容疑者とその家族の実名、住所、電話番号などの個人情報が、逮捕前にもかかわらずネット上にさらされたうえ、まったく無関係の人間を犯人と断じる“誤爆”騒動まで起こった。そんな実態に迫ったのが扶桑社新刊の『ネット私刑(リンチ)』(7月2日発売)だ。

 同書では、安田氏が川崎の事件をはじめ、’11年に起きた大津中2いじめ自殺事件など、「ネット私刑」が今も爪痕を残す現場に足を運び、私刑(リンチ)の被害者はもちろん加害者の声を拾っている。

 地べたを這うような取材が身上の安田氏は、川崎事件で容疑者宅を直撃する様子をネットで生配信し、別件で今も警察に拘留されている“ドローン少年”(15歳)の母親との接触にも成功した。今もっとも新しく、もっとも根深い日本社会の闇を照射する好著だ。

 安田氏は授賞スピーチで、こんな本音を吐露している。

「焦っている。もう50歳。いつまで立ち張りできるのか……」

 一記者を自認する彼は、現場に足を運べなくなった記者はもはや記者ではないことを誰よりも知っている。新書『ネット私刑(リンチ)』そんな安田氏の取材に抱えるジャーナリストの意気込みを感じられる一冊といえる。

<取材/日刊SPA!編集部>

ネット私刑(リンチ)

インターネットで事件の加害者の名前をさらし、その家族の個人情報までも、 その真偽に関係なく拡散していく――




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