“イヤミ課長”木下ほうか、ブレイクで困惑「目立ちたくないんですよ」
今年の流行語大賞にノミネートされた「はい、論破!」が決めゼリフ。バラエティ番組『痛快TV スカッとジャパン』の“イヤミ課長”役で、お茶の間の話題をさらっている木下ほうか。10代のときに井筒和幸監督『ガキ帝国』に出演し、映画の面白さに目覚めて以来、20年以上のキャリアを誇るベテランは、己の身に突如降りかかった“ブレイク”に戸惑いを隠さない。
「正直、しんどいなと思うこともありますね。もちろん根底に感謝の気持ちはあるんですが、あまりにも変化が急すぎて……。電車に乗っても、他人の視線が気になってしょうがない。別に声を掛けてきたりする人はいないんですけどね(笑)。なんかヒソヒソ~って女子高生がLINEを交換しているような雰囲気とか。わかるじゃないですか、そういうの。逐一、見張られている感じがして落ち着かないですねぇ」
居心地の悪さを感じつつ、「体形をベストな状態にキープするため、極力車は使わず電車に乗り続けたい」と言う。実は外見にかなり気を使うタイプだ。
「炭水化物ダイエットもしてますよ。今では、ロケ弁のご飯は半分残すように心掛けているんです。ジムに通えたらいいんですが、そのヒマもないほど立て続けに仕事が入っていて……」
そうボヤく様子には、イヤミ課長のような押し出しの強さはまるでない。インタビュー当日は、初めて行うアニメのアフレコ(『ONE PIECE』の2時間スペシャル)を控えていた木下だが、「どんな手はずでやるのかさっぱり。迷惑かけるんじゃないかと心配で……」と、驚くほど低姿勢だ。
「僕自身は、弱いんですよ。だからこそ悪役ができるっていうのはあると思いますけどね。弱くないと弱い者の痛みはわからないですから。こういうことを言われたりされたりしたらイヤだなってことを経験的に知っているのは、演技に生かされている気がします」
「顔と名前が一致する」のはプラスじゃない
あまたの映画で“名脇役”として発揮されてきた唯一無二の存在感は、たゆまぬ人間観察の賜物だった。
「今、やっていることも、昔からやってきたこととほとんど変わっていない。デビュー以来、9割がた悪役をやってきたので、イヤミ課長の役にもすんなり入り込めました。僕自身、セリフから撮り方までアイデアはかなり提供しています」
柔らかい物腰とは裏腹に、妥協しない職人のような表情を見せる木下。イヤミ課長も、職人・木下の“作品”にほかならない。だからこそ、過熱ぎみのブームには困惑を覚えるという。
「演技だと何をやっても恥ずかしくないけれど、素に近いものはすごく恥ずかしい。ところがバラエティ番組では、さも素のようにつくったキャラを演じないといけないこともありますよね。それを見た人に、僕自身がそういう人物だと思われるのが、ちょっとキツいかな」
バラエティ番組では、「離婚したくないから結婚はしない」といった独特の結婚観を披露して話題になった木下。“こじらせ中年”のイメージもあるが、本人いわく「バラエティ用にキャラをややつくり込んだら、独り歩きしてしまった」らしい。
「結局、“僕自身”がクローズアップされること自体に慣れてないんです。こういうインタビューでも、“僕の素顔を見せてほしい”というリクエストを暗に受けるわけですが、別に不特定多数の人に知ってもらいたいわけではないしなぁ……なんて思ってしまう。要するに、目立ちたくないんですよ」
俳優なのに、目立ちたくない?
「スクリーンやテレビの上で目立ちたいだけで、普段、ちやほやされることとはちょっと違うんです」
俳優にとって、名前と顔を一致させられることは、必ずしもプラスではない、と木下は言う。
「今や、僕が何をやっても“イヤミ課長”だと思われてしまう。『下町ロケット』の水原(主人公が持つ特許を狙う巨大企業『帝国重工』の本部長)役も、原作どおりに演じているのに、いつか僕がイヤミ課長のような言動をしだすのではないかと期待している人がいるようなんです。全然違うキャラクターなのになぁ……」
かつて、“寅さん”と自身を重ねて見られすぎた渥美清や、死ぬまで無骨キャラを求められた高倉健のように、一定の強烈なイメージで見られるようになった俳優のジレンマが、木下にも起きているようだ。
「渥美清さんや高倉健さんとは全然レベルが違いますが、お客さんが求めるひとつの公的なイメージに縛られるつらさは少しわかります。スターならまだしも、僕ら脇役はそんなことで悩まなくていいはずなのに……。今年暮れくらいからは、外に出るときはマスクをしようかと思っています(笑)」
これほどまでに、ブレイクしても嬉しそうじゃない人は珍しい。
「基本、ネガティブなんですよ。大阪に“へんこ”って言葉があるんですが(偏屈なガンコ者といった意味で使われる)、“僕がどんな人間か?”という質問に答えるならば、その言葉がいちぱんピッタリくると思います」
<取材・文/木俣 冬 撮影/尾藤能暢 ヘア&メイク/mahiro> ハッシュタグ