53歳のマッチが53枚目のシングルに込めた思い
’80年にデビューシングル「スニーカーぶる~す」でいきなりミリオンヒットを記録、’81年には「ギンギラギンにさりげなく」で紅白歌合戦に初出場を果たし、瞬く間にトップアイドルの座を獲得。その後、アイドル活動を続けながら、’84年にレーサーとしてもデビューを果たす。やがてオーナーとして経営にも携わり、一方で家庭を持ち父に。そして、50歳を超えてトライアスロン世界選手権日本代表にも選出された。挑戦し続ける男は53歳を迎えた今、何を思うのか――。
――今月、発売された53枚目のシングル「軌跡」のタイトルはジャニーさんが付けられたと伺いました。「過ぎた日々に恥じることはない」という歌詞も含め、今の近藤さんだからこそ歌える楽曲です。
近藤:この曲はもともと、英語の歌詞だったんです。僕はすぐに惚れ込んで、日本語の訳詞をジャニーさんにダメモトでお願いしたのですが、やっぱりダメで(笑)。でも、この「軌跡」というタイトルだけが届いて、それをテーマに歌詞を作ったらって提案してくれたんです。「マッチは歌もレースもやってきて、二足のわらじで何年もよくも悪くも頑張ってきたんだから、その話をすれば書ける人はあっという間に書けるよ」と。それで松井五郎さんにお願いしたら、ほとんど一発でこの詞が出来上がりました。
――ジャニーさんのその言葉を聞いて、どんなことを感じましたか?
近藤:「自分が走ってきた轍(わだち)みたいなものを少し振り返ってもいい年齢になったよね、Youは」ってことですよね。まだ止まらないというメッセージもあるんだけど、ほんのわずかだけど、認めてもらえたのかなという思いはありました。あの人は絶対に認めない人なんです。どんなに人気があろうと、どんなにCDが売れようと認めない人。だから53歳になり、近藤真彦の53作目でようやくか、と。同時にまだ若いんだから甘ったれちゃダメだと言ってほしいような複雑な心境でした。
――近藤さんの「軌跡」には、「二足のわらじ」どころか、何足分もの足跡がしっかり残っています。
近藤:たぶん、みんなそうなんだけど、仕事や人生で、人はいくつもの顔を持ちますよね。ある日は部長だったり、ある日は父親だったり。僕は歌手もやればレーサーもやり、レース事業みたいなこともやっている。みんな一緒だよねという話になって。レースも言ってみれば、エンターテインメントですからね。だから、職業はなんなんですかと聞かれたら「近藤真彦」というのが、一番合ってると思う。この名前が僕の仕事。そんなことを37年やってきました。
後輩たちに苦労を見せてもしょうがない
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『軌跡』 近藤真彦53枚目のシングル |
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