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木村拓哉『教場0』を春ドラマベスト1といえるこれだけの理由

『教場0』を春ドラマベスト1に推す理由

教場0

番組公式HPより

 木村拓哉(50)が刑事指導官・風間公親役で主演しているフジテレビの連続ドラマ『風間公親-教場0-』(月曜午後9時)がクライマックスを迎える。第9話までが終了し、残り2話。少し早いが春ドラマのベスト1に推したい。  まず最近では珍しいシリアスな刑事ドラマであることを評価したい。刑事が検察を無視したり、違法なおとり捜査を行ったりなどの非現実的なエピソードがない。  第7話と第9話には捜査員たちが犯人役と被害者役を務め、事件を再現する実況検分のシーンがあった。実際の事件なら必ず行われるが、地味な映像になるので、ドラマではまず描かない。それをやったのだから、シリアスな作品を目指してきた表れにほかならない。  捜査や犯行の立証にも矛盾がない。犯行手口については「ありえない」という声もあったが、それは犯人たちが完全犯罪を目論んでいたから。実現不可能なものは1つもなかった。  たとえば第2話の犯人は小学生男子の子供がいる母親(宮澤エマ・34)だった。ブロンズ像の一部を切り離し、それを凶器にして恨んでいる女性教師を撲殺した。奇抜な手口だったものの、実行は可能だろう。  奇抜なトリックは認めないという風潮が支配的になると、乗客全員が犯人だった『オリエント急行の殺人』などの名作は2度と生まれなくなってしまう。この作品の犯人たちも完全犯罪を狙っていた。  風間が指導する新米刑事たちを1人の人間として描こうとしているところも買える。大抵の刑事ドラマは刑事たちをステレオタイプで描く。推理力が抜群だったり、人情に満ちていたり、リーダーシップに長けていたり。そしてグループ内での役割が決まっている。  この作品の新米刑事たちは違う。いずれも複雑で不完全。だから人間臭く、身近に感じられる。

新米刑事たちの“人間臭さ”とは

 第7話、8話と登場した鐘羅路子(白石麻衣)の場合、事件関係者の心理が読めるので、刑事に向いていた。だが、男性を見る目はなく、同棲中の西田徹(渋谷謙人・35)はヒモのような男。のちに覚せい剤の運び屋だと分かる。  鐘羅は西田に懇願され、捜査情報を漏らしてしまった。観る側のほぼ全員が「こんな男と付き合うなんて、バカだなぁ」などと思ったはずだ。  もっとも、これもリアリスティックな話。2018年には警視庁新宿署の女性巡査(当時23)が暴力団組員と交際し、捜査情報を漏らしていたことが発覚した。この巡査は地方公務員法違反容疑で書類送検されて、停職6カ月の処分を受けた。鐘羅と同じだ。だが、ここからが違う。  実在の女性巡査は依願退職した。鐘羅も風間に対し、「クビにしてください。お世話になりました」と告げ、辞めようとしたが、交番勤務に戻された。教場(警察学校)を出た後、誰もが例外なく通る道だ。風間は鐘羅に「1からやり直すか」と言い、その通りにさせた。温情にほかならない。  風間という男の真実がやっと見えてきた。厳しいだけの男かと思っていたら、違った。第2話から第4話まで指導した刑事・隼田聖子(新垣結衣)の場合、自分が娘の育児を放棄した過去が忘れられず、自己嫌悪に陥り、警察を退職しようとしたが、これを押しとどめた。  さらに風間は教官という立場を離れ、「娘さんと話したらどうだ。時間をかけて話せ。きょうまで過ごしてきた時間と同じくらい話せ」と説いた。隼田のことを親身になって考えた。  風間による指導は「風間道場」と呼ばれる。武道の道場は技を教えるだけでなく、全人格的な指導を行うが、きっと風間道場もそうなのだろう。  第9話から登場した中込兼児(染谷将太)も見事なまでに不完全。先輩刑事たちに食ってかかるわ、事件現場近くでも平気でタバコを吸うわ、風間の秘書役の伊上幸葉(堀田真由)に丸めた紙をぶつけるわ。  ただし、中込が尖っているのには理由がある。母親・ふき(余貴美子)が認知症を患い、妻・明子(大西礼芳)はその世話で疲れ果てていた。家庭が安息の場ではなくなっている。それでいて明子から施設に入れることを提案された中込は「投げ出すの」と答える。ふきと離れたくないようだ。  中込は幼いころに誘拐されている。それがトラウマになっている。一方、ふきが口にする「息子はどこにいますか」という言葉は誘拐当時の記憶に違いない。中込を死に物狂いで探したのだろう。中込は「息子はオレだよ!」とぶっきらぼうに答えるばかりだから、ふきの言葉の真意に気づいていない。母子にとって誘拐が決着するのはこれからだ。
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残り2話の見どころは?
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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