更新日:2016年10月31日 20:59
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“酒乱”と“アルコール依存症”は違う!

お酒は楽しく飲みたいものですね(写真はイメージです)

 アルコール依存――この言葉を聞いて皆さんがイメージする周囲の知人・友人はどんな人だろうか? 酔うと誰かれかまわず暴言を吐く、ケンカっ早くなる、飲み始めるときまって潰れるまで飲んでしまうetc. いわゆる“酒癖の悪い人”を思い浮かべるのではないだろうか。しかし、アルコール依存に詳しい専門医によれば、「これらの方々、医学的にはアルコール依存症ではなく、アルコール乱用。ただちに治療・入院が必要なレベルではありません」とのこと。 「通常、アルコール依存症は“正の強化効果”から“負の強化効果”へと段階的に進みます。上記の酒癖が悪い人というのは“正の強化効果”に属します。これはつまり、気持ちがいいから/楽しくなるからどんどん飲むというもの。結果的におかしな行動を起こしたとしても、個人差によるものが大きく、笑い上戸、泣き上戸と同レベルのお話で、依存症とは別の問題。一方“負の強化効果”は飲みたくないけど離脱症状(発汗、手の震え、幻想などの禁断症状)を抑えるために飲まざるをえない。朝から晩まで酒が必要になる状態で、アルコール依存症に該当するわけです」  そのレベルにまで到達するのは当然のことながら少数派。飲みの場にはよく出没する記者の周辺でも、“酒乱”はあっても“依存症”の人と遭遇することはほとんどない。アルコール依存に陥った人の人生とは――仕事で訪れた専門病院で一人の男性患者と接触。彼の告白からその一端に触れてみたい。  5年前まで中堅の広告代理店で勤務していた浦霞菊三さん(仮名・51歳)。退職前の役職は部長。25歳で結婚し2人の子宝に恵まれ、5年前に嫁いだ長女夫妻の間には初孫も誕生した。年収は額面で1千万円を超えていたが、会社から解雇通知。その原因は、度重なる酒での無断欠勤だった。 「最後の1年間は思い出しても吐き気がするような末期的な状況でしたね。休日は昼過ぎから未明まで酒を飲み続けて、月曜に家を出ても千鳥足の状態。何かと理由をつけてサボるんですけど、そのまま家に帰るわけにもいかず、昼間からやってる居酒屋で飲み始めるわけです。当然、次の日の朝もそんな状態なんだけど、さすがに2日連続で休むのはダメだと、頭にモヤがかかった状態で出社するんです。カバンの中にはワンカップを常備していて、会社のトイレでこっそり飲むなんてこともありました」  一方ではブランド物の高級スーツで身を固め、「人の目を極端に気にするようになっていたのか、身だしなみには人一倍気を使ってました」という浦霞さん。しかし、酒が抜ければ手が震えて言葉がどもりがちになる状態だった。重要な会議やプレゼンでは「震えを止めるために一杯」と飲むのが常だったというが、酩酊状態で臨んだ代理店同士のコンペでの失態を機に社内での評価はガタ落ち。それを気に病んでか、ますます酒に依存→無断欠勤の繰り返しという負のループに突入。ほどなく、リストラを宣告された。 「正直、30代までは多少酒が入っていても卒なく仕事をこなせたし、何より酒の場で潰れずに大酒を喰らえる自分を誇りに思っていました。取引先のクライアントや職場の上司の間では、『陽気で明るいお酒の場を提供してくれる』と重宝されてましたし、それで相手と懇意になってうまくいった案件も多かった。アルコールは成功に欠かせない潤滑油。アルコール依存だなんて考えたことは一度もありませんでした。家庭状況は最悪で、毎晩の深酒が原因での口論も日常茶飯事でしたが、『仕事のため』を繰り返してました」  離職後、奥さんの諫言にも耳を貸さず、再就職活動もそこそこに、酒にのめりこむ日々。ついに完全別居状態になる。当時の状況について浦霞さんは続ける。 「妻が家を出たのが3月1日で、次に覚醒したときには3月8日だった。その間の1週間が本当に空白なんです。友人や会社の元同僚に手当たり次第に電話しては恨みつらみをこぼしていたそうで……。飲んで記憶を失って倒れて、起きたら記憶がないままに飲み始める……その繰り返し。医者に聞けば連続飲酒っていう典型的なアルコール依存の症状らしいんですけど、もう死んでもいいかと思っていたことは確かです」  その後、戻ってきた奥さんと子供たちの懸命な介護、専門医のカウンセリング、入退院を繰り返し、現在では離脱症状もなく、通常の状態に戻りつつあるという。浦霞さんの担当医師でもある前出の専門医はこう語る。 「先ほどもいったアルコール乱用のレベルにある人はアルコール依存の予備軍でもあるわけです。浦霞さんもそうでしたが、いくら飲んでも乱れない――いわゆる“お酒が強い人”こそ一番危ない。酔うのにたくさんのお酒を必要な“強い人”は、自覚もないまま、身体的な禁断症状の出てくる“負の強化効果”へと直行しやすいわけですから」  飲みの場は楽しいものだが、人生と家族を犠牲にしてまで得られる楽しさはないはず。久里浜アルコール症センターが独自に開発したスクリーニングテスト(http://www.kurihama-alcoholism-center.jp/test.html)で飲酒問題の有無を判定してくれるので、「自分の飲み方に問題がないか」テストしてみてほしい。 取材・文/スギナミ
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