更新日:2013年05月02日 17:04
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『舟を編む』よりマニアックな専門辞書の世界を見よ

 辞書づくりをテーマとした映画『舟を編む』が話題を呼んでいる。三浦しをんのベストセラー小説の映画化で、辞書とは言葉の海を渡る舟である――というのがタイトルの由来。なるほどうまいこと言うものだが、世の中にはもっといろんな海があり、いろんな舟がある。というわけで、『舟を編む』よりもっとマニアックな専門辞書の世界をご案内しよう。

ユージン・ランディ編・堀内克明訳編『アメリカ俗語辞典』(研究社/1975年初版)

 まずは、アメリカのスラングばかりを集めたアメリカ俗語辞典(ユージン・ランディ編、堀内克明訳編/研究社)。見た目は普通の英和辞典だが、たとえば「business」を引くと「麻薬を注射する器具」という語釈があり、「仕事・職業」といった意味は書かれていない。「catch」は「受け身役のホモ」、「sugar」は「キス」、「tea」は「マリファナ」といった具合で、普通の辞書とは一味違う。試しに「penis」を引いてみると、「男性器」という語釈のほかに「いちもつ」「お宝」「さお」「すりこぎ」「バット」「松茸」「まら」「青大将」など、日本語の俗称や関連語が延々2ページ半にわたって記されている。「vagina」のほうはさらにすごくて、なんと5ページ半! よくもまあ、これだけの隠語を集めたものだと、そのスケベ心……じゃなくて執念に思わず感動してしまう。  同系統では体のある部分に関する英語辞典(長田道昭/南雲堂フェニックス)もユニークだ。こちらは純粋な辞書というより、体に関する医学系エッセイに、関連する英単語と日本語の対訳ページを付けたものだが、収録されてる単語が普通じゃない。「coprolite(人糞化石)」「excrement(お通じ)」「dandruff(フケ)」「hematuria(血尿)」「phimosis(包茎)」「nullipara(経産婦)」「rectum diagnosis(直腸指診)」といった用語が、英和もしくは和英の対訳で掲載されているのである。
本, 辞書

永田守弘編『官能小説用語表現辞典』(ちくま文庫/2006年初版)

 下ネタ系では官能小説用語表現辞典(永田守弘/ちくま文庫)も見逃せない。タイトルどおり官能小説に使われた用例を収集したもので、「女性器」の【陰部】の項目だけでも「赤い傷口」から「割れ目ちゃん」まで43ページ半にわたって展開されている。一方「クリトリス」は「愛の灯台」から「若芽」まで28ページ。「淫豆」「女の蕾」とかはいいとして、「象の鼻」「ターボスイッチ」ってのはどうなのかと思うけど、とにかく呆れるほどに表現の幅がある。作家・重松清氏による解説「『性』の言葉は、こんなにも豊かだ」にも深くうなずくしかない。
本, 辞書

大木充・Jean-Claude Rossigneux共著『フランス人の身ぶり辞典』(くろしお出版/1985年初版)

 別の意味でマニアックにもほどがあるのがフランス人の身ぶり辞典(大木充・Jean-Claude Rossigneux共著/くろしお出版)。フランス人がよく使うボディランゲージをイラスト入りで解説しているのだが、たとえば「頭がいかれている」を示すには「鼻の頭に、両方の握りこぶしを重ね、一方を左に、もう一方を右に回す」とか。「俺をあてにしても無駄だよ」のポーズは「あごの下を、伸ばした親指以外の四本の指で何度かこする」という。1985年初版の本だが、フランス人が本当にこんな仕草をするのかどうか、イマイチ信用できない感じ。「マスターベーションする」の身ぶりが「男性器をつかむかのように指を曲げた手を斜めに上下させる」なんてのは、世界共通だろうと思うけど。 ⇒【画像】『フランス人の身ぶり辞典』より
https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=431066
本, 辞書

『フランス人の身ぶり辞典』より

 ニッチな専門系では『ねじ関連用語辞典』(ねじの世界社)もシブい。「アクメねじ」「遊び側フランク」「漸進ピッチ誤差」「ねじ公差単位」「ピボットボルト」「ユニファイ並目ねじ」「ドライブスタット」「リベットかしめ」など、ねじに関する用語が満載だ。

ニコリ編『クロスワード辞典』(波書房/1991年初版)より

 極めつきはクロスワード辞典(ニコリ編/波書房)。その名のとおり、クロスワードを解く、あるいは作るための辞典である。ページを開くと、2文字から11文字までの言葉がアイウエオ順にカタカナ表記でひたすら並んでいる。で、たとえば6文字の単語で3文字目が「ケ」の言葉はどんなのがある? というふうに、何文字目からでも検索できてとっても便利! ……というんだけど、そうまでしてクロスワード解きたいっすか? 問題製作者には便利なのかもしれんけど、そのニーズが果たしてどれほどあるのか。  ほかにもまだまだマニアックでヘンな辞書はたくさんある。まさに大海の如く広くて深い、辞書の世界なのだった。 <取材・文/新保信長>
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