更新日:2013年05月14日 17:34

第23回 世界コンピュータ将棋選手権【決勝観戦記】

⇒【前の記事へ】二次予選観戦記 https://nikkan-spa.jp/438663  最終日の決勝は8ソフトによる総当り戦。その前半戦の台風の目となったのは「NineDayFever」だ。1回戦では親ソフトとも言える「Bonanza」に敗れたが、2回戦では二次予選1位通過の「激指」を、3回戦では2位通過の「ponanza」を破る金星を挙げる。この波乱の幕開けにより、勝負の行方はまったくわからなくなった。  その後の4、5回戦を消化したところで「激指」と「ponanza」と「GPS将棋」が4勝1敗、「Bonanza」と「NineDayFever」が3勝2敗に。さらに6回戦では上位陣が勝ち星をつぶし合い、優勝の可能性があるソフトは、5勝1敗の「GPS将棋」と、4勝2敗の「Bonanza」および「ponanza」にしぼられた。  最終7回戦では「Bonanza」対「GPS将棋」の直接対決がある。「GPS将棋」が勝てば文句なしに優勝だ。しかし「Bonanza」が勝ち、さらに「ponanza」が勝つと、この3ソフトが5勝2敗で並び、話はややこしくなる。その場合は「SB」と呼ばれる勝った相手の勝ち星の合計で優勝を決めるルールで、ほかの対戦の勝敗によって変わるのだ。  7回戦で最初に決着したのは「ponanza」対「激指」。「ponanza」が快勝して優勝に望みをつなぐ。次に決着したのは「NineDayFever」対「ツツカナ」で、これは「ツツカナ」が勝ち、選手権での先輩の意地を見せた。そして「YSS」対「習甦」は「YSS」がこの日の初勝利で続く。この瞬間「ponanza」の優勝の目は消えた。  関係者たちの視線は、最後まで残った「Bonanza」対「GPS将棋」の局面を映し出したスクリーンに集まった。あとはもう、この対局に勝ったほうが優勝というわかりやすい展開だ。このとき筆者は、希望的観測も含めて、なんとなく何かが起きそうな、運命的なものを勝手に感じていた。これは筆者だけではないのではないか。  コンピュータ将棋ソフトの歴史において、「Bonanza」はブレイクスルーをもたらした革命的なソフトだ。7年前の2006年の選手権で初出場・初優勝。開発者・保木邦仁氏がコンピュータチェスの技術を応用して作り上げた全幅検索と評価関数の機械学習のノウハウはおしげもなく公開され、この選手権に参加した、ほぼすべてのソフトに巨大な影響を与えている。  2007年には渡辺明竜王との特別対局が催され、あと一歩というところまで追い詰めたこともある。しかし、ここ数年はソフト間の競争が激化。「Bonanza」を元にした「ボンクラーズ」(のちの「Puella α」)の後塵を拝し、残念ながら電王戦にも出場できなかった。  筆者は「電王戦には、できれば保木さんと『Bonanza』にも出てもらいたかった」と考えていた1人だ。同じ思いを抱いていた方は、少なくないのではないか。そして今、ここまで来たのだ。次の電王戦について、まだ何も決まってはいないが、とにかく、これに勝てば……。  だが2連覇をねらう「GPS将棋」は、やはり強い。この日は電王戦を上回る804台のマシン構成で、将棋の内容的にも少し抜けて強い印象だった。局面も「Bonanza」を圧倒し勝勢。ところが「Bonanza」は、何かが乗り移ったかのようにあきらめない。ボロボロになった穴熊のスキマに駒を埋めて壁を再建し、絶望的な状況でも徹底抗戦の構え。気付いたときには手数は150手を超えており、双方の残り時間は3分を切っていた。  「GPS将棋」が打ち込んだ角を捨てて決めに出たはずの瞬間だった。何かがおかしい。決めに出たからには、もう「Bonanza」の王様が詰んでいないとおかしいのに、詰まない。「GPS将棋」の王手ラッシュが止まり、「え?」「あれ?」と声が上がる。今度は「Bonanza」が無謀な王手ラッシュをかけ始める。 「Bonanzaは(自玉が)詰みだと言ってます。たぶん残り時間がなくて……」(「Bonanza」開発者・保木邦仁氏)  もう蜂の巣をつついたような騒ぎだ。関係者たちは、最寄りの「GPS将棋」チームのテーブルと、「Bonanza」の保木氏のテーブルと、局面を映し出したスクリーンの間で右往左往している。「Bonanza」は自分の王様の詰みを先延ばしにするだけの意味のない手をくり返し、自分の手番が回ってきた「GPS将棋」も、まるで見当違いの手を指す。1手進むごとに「ええ!?」と合唱のように響き渡る。もう何が何だかわからない。ありえないことが起こっている。  それから1~2分間のことは、正直なところカメラを抱えて必死に撮影していたことしか、よく思い出せない。ちょっと恥ずかしそうに顔を覆ったりしながら大喝采を浴びる保木氏と、関係者たちの破顔一笑の雰囲気だけはうっすらと浮かぶ――なんと「GPS将棋」が時間切れしており、「Bonanza」の優勝が決定したのだ。 <取材・文・撮影/坂本寛> ⇒【次の記事】Bonanzaが逆転勝利できたワケ
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