香山リカ「クラフトワークの全公演に行かないとは、私も大人になった」
香山リカ氏の不定期連載『人生よりサブカルが大事――アラフィフだって萌え死にたい!』の第4回がようやく到着!
不定期連載と言ったって前回の記事(https://nikkan-spa.jp/389863)が2月って、いくらなんでも不定期すぎるだろう、という読者の皆様からのツッコミはごもっとも。ただ、編集部としても催促をし続けていたのだが、原稿が来なかったのはこういうわけがあるようで……。
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え、もう8月になる?
ウソでしょ、まだ6月くらいじゃないの!?
……しまった、私はこれまで何をしていたんだろう。気絶していたのかもしれない、5月以降。
すべての原因は、5月8日から始まったテクノポップの元祖クラフトワーク来日公演。しかも、この世界ツアーのタイトルが「12345678」、なんとこれまで出した8枚のアルバムの全曲を日替わりで演奏するという8回公演なのだ。
自慢じゃないけど、私はこれまで1981年の初来日以来、東京での公演には全部行った。東京じゃないところに住んでた時も、上京して行った。
これは行かないわけにはいかないだろう、「12345678」のすべての回に……。
ということで、今年の2月12日、すべての公演の指定席の抽選に申し込みをしたのだが、今だから言えるがそのときは「でも、8公演全部行く必要があるのだろうか。しかもチケット代は高額だし」とチラリと思ったのもたしかだ。
しかし、2月14日、メールボックスを開き、8通の「残念ながらチケットをご用意することができませんでした」というメールが来ているのを発見した私の頭から、完全に理性が吹っ飛んだ。
「何としても全部、行くぞ!」
そして即、指定席ではない一般スタンド席で全公演分の申し込みを行い、それはめでたく(本当にめでたいかどうかは別にして)すんなり購入できたのだ。
結果から言えば、実際に足を運べたのは8公演中5回だけだった。1日はいまだに世間を騒がせ続けている全柔連、全日本柔道連盟問題に関連した会合があり、1日は前年から決まっていた「フランシス・ベーコン展」と連動した講演があり、1日は小橋建太選手の引退試合があって涙を呑んだ。というより、「私も大人になった」とクラフトワークより全柔連、フランシス・ベーコン、小橋を優先する自分に感慨を深くした。
そのクラフトワークコンサートのレポートをここで長々、書いても仕方ないので省略するが、ひとことで言えば私は魂、脳、身体のエネルギー、すべてを“半分人間半分ロボット”のヤツラ(といってもオリジナルメンバーは4人中、ラルフ・ヒュッターただひとりだけど)に持っていかれてしまったのだ。
5月16日に「8」が終わってから、予想されていたことではあったが私は虚脱状態に陥り、締め切り、通勤路、患者さんの名前などを忘れるといった失態を繰り返しながら5月、6月をすごした。もちろん、ネットやツイッターなどでいまもツアーを続ける彼らのほんの小さな情報も見逃さないようにチェックし、英語が苦手なくせにイギリスの音楽誌に載ったラルフのインタビューを必死に解読し、それでもスキマ時間ができると昔の動画やいまの音源をネットで集めまくってヘッドフォンして外部の情報をいっさい遮断……と廃人状態になってしまったのだ。
ああ、またキミ(ら)に恋してる……。はしかは人生で一度きりなのに、クラフトワーク熱はなぜ何度でも私を襲うのだろう……。
ということで5月以降の記憶がほとんどない私だが、腰を抜かすほどのビッグな仕事が舞い込んできた。それは、NHKFMで深夜0時から50分放送される「とことん○○」というシリーズがあるのだが、7月の15回分を「ところんYMOとその界隈」というテーマで考えているので、パーソナリティーと選曲をやりませんか、との依頼があった。
「とことんクラフトワークじゃダメですか?」
「うーん、でもアルバム8枚でしょ?だとしたら8日で終わるじゃない。15回分が必要なんですよ」
「わかりました。YMOと界隈というからにはクラフトワークも込みですね!」
「え、カヤマさんってYMOマニアと聞いたけど違うんですか?」
「も、もちろんYMO好きですが、ほら人間、イタリア映画好きだったのが突然、韓流にハマるとか、いろいろあるじゃないですか……」
といったやり取りもあり、とにかく「とことんYMO」をやらせてもらう、ということが決まった。
(というか、実はもう放送も始まっているんです。よかったら以下でチェックしてみてください。http://www.nhk.or.jp/tokoton/)
しかし、ここで大問題が勃発した。
私は、NHKのラジオ第一で金曜夜に「香山リカのココロの美容液」という番組を担当している。NHK的には、同じ日のうちに同じ人物がふたつの番組をメインで担当するのはうまくない、と言うのだ。
「じゃ、金曜はYMOはナシですか」と言いかけた私に、担当ディレクターがとんでもないことを言い出した。
「そうだ、以前、1回だけYMOの特番やったときにスタジオに来たカヤマさんのオトウト、彼に金曜を担当してもらえばいいじゃないですか」
え、ええーっ!オトウト!
もちろんオトウトは、80年代から1ミリも動いていないような人間だ。いまだに「今年は何年?」「ああ、1980年+33年か」とマジで「80年」を基準にしか、ものごとを考えられない。……というのは自慢でも何でもなく(あたりまえか)、それくらいの奇人変人だということだ。精神科医の私から見ても、これほど常識から逸脱した人間はめったにいない、という超問題児。
「ホ、ホントにあのオトウトですか? 歩く放送事故ですよ? NHKの受信料不払いが加速しますよ~!」
というわけで、私のオトウト・全身問題児の中塚圭骸を加えて、「とことんYMO」の収録が始まったのだ。そのお話はまた次回。 <文/香山リカ>
『Computerwelt [12 inch Analog]』 レコード盤 |
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