原油高止められない中東をめぐる“4つのリスク”
まさに、事態はドロ沼化の様相を呈してきたが、果たして、「停戦」に向けた何らかの手立てはあるのか……?
7月13日未明、イスラエル軍部隊がパレスチナ自治区の一角、ガザ地区に侵入し、イスラム組織ハマスのミサイル発射拠点数か所を襲撃したと報じられた。イスラエル軍による本格的な「地上侵攻」は、2008年のガザ紛争以来。第3次中東戦争後「最大の流血」とまで言われたこのときも武器を持たない多くの市民が巻き込まれ、パレスチナ側の犠牲者は実に1300人以上にものぼったが、今回も連日の空爆ですでに「死者600人以上、負傷者1100人超」といった情報が飛び交っている。
なぜ、事態はこれほどまでにこじれているのか。中東情勢に詳しい放送大学教授の高橋和夫氏が話す。
「前回、イスラエルがガザ地区に侵攻した2008年12月は、イスラエルに甘かったブッシュ政権の末期で、いわば“駆け込み”的な軍事侵攻でした。というのも、2009年1月に就任が決っていたオバマ大統領が、どのような対イスラエル政策を打ち出すか不透明だったため、オバマ政権スタート前にハマス弱体化させておくべきという思惑が働いていたと思われます。つまり、前回のイスラエルによる地上侵攻は『期限付き』だったが、今回はそれがないため歯止めの効かない状況となっている……。しかも、オバマは大統領就任当初からパレスチナ和平を進めようとイスラエルにヨルダン川西岸への入植を凍結するよう求めてきたが、それも無視されたたまま。加えて、シリアへの軍事介入を断念し、ウクライナ紛争でも何も手を打てなかった今、イスラエルにとってオバマは恐れるに足りない存在となっている。今回、すでに地上戦に突入したことも考えれば、紛争が長期化する可能性はひじょうに大きいと言える」
イスラエル軍による空爆作戦に対抗し、ハマスが核施設を狙ったミサイル攻撃をおこなうなど、衝突が激化していた7月10日、国連安保理が緊急会合を開催。イスラエルとパレスチナ代表に自制を求めていたが、このときから双方とも非難の応酬に終始していた。
「安保理の緊急会合では、イスラエル代表がミサイル攻撃を受けた際の空襲警報を、議場でわざわざ再生してパレスチナを激しく批判する一幕もありました。これは“自衛”のための軍事侵攻であることを国際社会にアピールするためのパフォーマンスであり、イスラエル側の胸の内は、話し合いに応じるどころか、むしろやる気満々といったところでしょう。しかも、今回のイスラエル軍によるガザ侵攻はある意味『準備万端』で進めた節もある……。自国民が殺害され、ミサイル攻撃も受けるなど、地上侵攻の口実が揃ったところで満を持してゴーサイン出したのではないか」(高橋氏)
日本のメディアでも、先行きの見えない中東情勢の混乱が深刻な原油高を招き、日本経済にも重大な影響をもたらす危険性があるとしきりに報道されている。
折しも、イラクとシリアに跨り勢力を拡大し続けているISIS(イラクとシリアのイスラム国)が、6月29日に「カリフ(預言者ムハンマドの後継者)」を指導者とするイスラム国家樹立を一方的に宣言したばかり。もともとイラク派兵に及び腰だったアメリカが限定的な介入に留まったことに加え、イランが、シーア派で固められたイラク・マリキ政権を支持しているため、長らく反目してきたアメリカとイランが手を組むなど、中東の勢力地図が一気に塗り替えられる可能性があるからだ。
「現在のイラクが消滅するかもという『イラク2分割論』が取り沙汰されていますが、現状では、すでにイラク北部をクルド人が、北西部をスンニ派のISISが、そして南部をシーア派が支配する『3分割』状態に陥っています。ただ、ISISがイラク全土を支配するか否かより、むしろ現在支配する北西部で彼らが何を引き起こすかが懸念される。現にISISは、イラク北西部で核兵器の材料となるウランや、猛毒のサリンやマスタードガスなどの化学兵器を入手したとの情報もある……。そして何より気掛かりなのは、アラブの盟主、サウジアラビアがこの地域の最大の不安定材料になるかもしれないという点です」(高橋氏)
言うまでもなく、サウジアラビアは世界最大の原油埋蔵量を誇り、日本の原油輸入先のトップでもある。アラブ諸国の中でも長らく「親米国家」とされてきたサウジアラビアだが、ここ数年、“アメリカ離れ”の傾向が顕著になってきたのも事実だ。
「ISISがイスラム国家の建国宣言をしたことで、現在、彼らの元には多くのカネと人が集まっていますが、これを支持しているのがアラビア半島のスンニ派の人々です。なかでも、『スンニ派の盟主』であるサウジアラビアの富裕層(個人)が主に資金援助していると見られており、シーア派のイラク・アサド政権を倒すためにこれまでISISを利用してきたサウジアラビア政府も、こうした資金の流れを取り締まってこなかった。つまり、自らの国には直接的な脅威とはならないと高を括っていたのです。ところが、サウジアラビア政府が気づいたときには、ISISはコントロール不能になるほどの巨大なモンスターと化していた……。今回のISISの勢力拡大で、『スンニ派大国』のサウジアラビア国内に、ISIS支持の動きが広がれば、とてつもない地政学的リスクが生まれることになる。シリア内戦に続き、イラクでのISISの勢力拡大。加えて、今回のガザ侵攻と、サウジアラビアの不安定化……。これら同時進行で起きている“4つのリスク”が極大化すれば、世界的な原油高騰の流れ止められない事態となるはず」(高橋氏)
7月7日の時点で、レギュラーガソリンの小売価格は11週連続で上昇しており、この勢いは当分収まりそうにない。10日に発表された日本の国内機械受注統計が「対前月比19.5%減」となったことで、アベノミクスに“大ブレーキ”がかかったといった報道もあるが、原油高による輸入インフレが顕著になれば、国内経済へのさらなるダメージも覚悟しなければならない。 <取材・文/日刊SPA!取材班>
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