最善手を指し続けても「将棋が終わらない」 将棋電王戦リベンジマッチ観戦記【後編】
―[将棋電王戦リベンジマッチ14]―
2014年12月31日の大晦日。東京・千駄ヶ谷の東京将棋会館にて、将棋のプロ棋士・森下卓九段とコンピュータ将棋ソフト「ツツカナ」が対決する『電王戦リベンジマッチ』が開催され、ニコニコ生放送にて完全生中継された。
⇒【前編】はコチラ https://nikkan-spa.jp/776094
これはどうみても人間的には意味のない、歩をタダで捨てるだけの「ありがたい一手」に見える。コンピュータは有効な手がほかにないとき、ときにまったく意味がない(と人間に感じられる)手を指して、明確に自分が悪くなる局面が現れるのを少しでも遅らせようとすることがある。いわゆる「水平線効果」と呼ばれる現象だが、これは本当にその水平線効果なのだろうか。
ツツカナのねらいがわからない。この歩を取ったら何が起こるのか。画面の森下九段も疑心暗鬼になる。何もなければ、タダで歩を得する大チャンスである。が、取らずに別にいい手もありそうだ。ニコニコ的にも最高の盛り上がりである。森下九段は23時59分に△9四同香と歩を取る手を選択。そして年越し。あけましておめでとうございます。
ツツカナの評価値は大きく動き出す。通常こうした評価値は大きく片方に振れ始めるとどんどん差が広がっていく。はたしてその通りに、森下九段はツツカナの評価値上では大きく有利、優勢、勝勢へと進んでいった。
もちろん森下九段には、このツツカナの評価値は見えていない。「これどう見ても勝ちなんだよな……でも勝ち切れないから」とつぶやく森下九段。視聴者全員が心をひとつにして「勝ちですよ!」と言ってあげたい、しかし伝えられないというこの状況は、今回のルールならでは。新しいニコニコの将棋の楽しみ方が生まれていたようにも感じていた。
局面は将棋としては、ほぼ終わっていた。人間同士なら大差で、あきらめの早い人なら形作りをし始めているかもしれない。だがツツカナはコンピュータらしく、常に最善手でねばってくる。ここで、このルールならではの予想外なことが起き始めていた。将棋が終わらないのである。
すでに両者とも10分将棋に突入していたので、このルールでは最長だと1時間に6手しか進まない。ツツカナの玉は中段に逃げ出そうとしていて、入玉もありうる。持ち駒の数が大差なので相入玉・持将棋になっても森下九段の勝ちは変わらないが、そもそもそうなるまでに、あと10時間くらいはかかるのではないか。
年をまたいで局面は夜中の3時、4時、5時と進んでいく。森下九段もツツカナ相手にリスクを冒して勝ちにいく、詰ましにいく選択は取りづらい。勝負は決しているのだが、終りが見えない状況はいかにもつらい。視聴者コメントでも脱落者がどんどん出始めていた。
そして元旦の朝5時26分。立会人である片上大輔六段が対局室に入った。本局はツツカナの153手目で指し掛けとし、後日に指し継がれるという裁定となったようだ。突然の事態にニコニコのコメントは騒然。うつらうつらしていた記者も、文字通り寝耳に水の状態であった。つまり、とりあえず水入りで、続きは後日ということ。ほとんど森下九段が勝っていた状況だけに残念だが、仕方がないところか。
直後の取材で、この提案はニコニコ運営側からのものだったことが明らかとなった。長時間になる可能性も考えられたが、まさか翌朝5時になっても終わりが見えない状況になるとは想定しておらず、スタッフの交代人員がまったく足りていなかったようだ。
「もうどう見ても自分の勝ちだから(後日に指し継ぐことの意味も含めて)釈然としない部分もありますが……。意識が朦朧としていて絶対に間違えそうだったんで(安全な手を選んだ)。(勝ちきれなくて)ちょっと恥ずかしかったけど方針は一貫できたかなと。今回のルールは『待ったありの将棋』みたいなもので、そういう意味でプロとしての恥ずかしさもあったんですが、自分としてはミスはゼロでしたし、実際にほぼほぼ勝ちというところまでお見せできたという意味では、自分の役割は果たせたかなと思っています」(森下九段)
まったくミスをしないといわれるコンピュータを相手に、人間もノーミスなら将棋の技術では勝てる。そう豪語した森下九段は、確かに有言実行を果たしたといえるのではないか。最後まで指して勝ちで終われば、よりさわやかに新年を迎えられただろうことは惜しまれるが、疲れを知らないコンピュータに、運営側が根負けしたような形だろうか。というわけで、記者は元旦を寝正月で過ごすことになった。
ところで、本局で採用された「森下ルール」は、さまざまな可能性を示唆するものだった。人間同士でも別の部屋で継ぎ盤を使って解説しながら対局したら、いわゆる「ゲーム実況」のようなもので面白いのではないか。持ち時間が切れても10分将棋なら、双方が最善に近い手をずっと指し続け、たくさんの名局が生まれるのではないか。
実際に本局は将棋の内容としては、明らかに名局であったし、普段は聞くことができない対局中のプロ棋士の思考が丸見えになるという部分も、非常に興味深いものだった。ひとつの実験という意味では成功といえるのではないだろうか。現時点で対局の続きはいつどのような形で行われるか発表はされていないが、それが終わった後、また何らかの改善された形で「森下ルール」の将棋が見られることを期待したいところだ。できれば次回は最初から2日制でお願いします!
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