わかりづらい「イスラム国」勃興の背景がよく分かる映画
今年に入って日本人2人の斬首、ヨルダン人パイロットの焼殺、エジプト人21人の一斉斬首とますます極悪非道とのイメージが強まっている過激派組織「イスラム国」(IS)。
だが、驚くなかれ。テロ組織ファイナンスの専門家、ロレッタ・ナポリオーニは、偶然、ISの「決算報告書」が見付かったとしている。
「彼らは、自爆テロ一件ごとの費用にいたるまで詳細な収支を記録し、高度な会計技術を使って財務書類を作成している」。「これはたしかに、どの武装集団もやったことがない」(『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』村井章子訳、文藝春秋)。
この事実だけでも“ゴロツキ集団”という見方は大きく覆されるだろう。
当たり前だがISは自然発生的にできたものではなく、少なくとも100年にも及ぶ歴史の様々な出来事の結果としてある。
3本の映画を材料にその来歴をざっと見てみよう。
◆100年前の領土を取り戻す
なぜISが多くのムスリムの若者の心を掴んだのか。
それは「カリフ制国家の実現」(政教一致の体制)というこれまでにない目標を打ち出したからだ。そして第一次大戦中、英・仏・露間で結ばれた「サイクス・ピコ協定」により勝手に分割された領土を取り戻すこと。
アラビアのロレンス』(’63)だ。かつてイラク、シリア、ヨルダンなどの地域はオスマン帝国の支配下にあったが、統一アラブ国家の樹立を目指し多くの部族が戦いに臨んだ。
英軍情報部は、敵側のドイツとオスマン帝国の同盟を断つため、アラブ社会に同情的なロレンス少尉(ピーター・オトゥール)を部族民の指揮に当たらせる。
ゲリラ戦が功を奏すものの、部族間対立に嫌気が差したロレンスはカイロの陸軍司令部に戻る。だが、そこで例の協定の話を聞き、ロレンスは激怒。再び部族民とともに英軍よりも早くダマスカスを攻略し、一躍英雄となる。
ロレンスとコンビを組むハリト族の族長アリ(オマー・シャリフ)の存在感は強烈だ。その雄姿は統一国家の悲願を体現しているからである。
この「アラブ反乱」の時代とISの時代は、未だ分割された領土を取り返せていない悲劇において地続きなのだ。
ただし、ISの場合そこにスンニ派という条件が付く。
◆「空爆したお前らも異常だ」
次に取り上げるのは湾岸戦争後のイラクを舞台にした異色作『スリー・キングス』(’99)。
米軍兵士アーチ・ゲイツ(ジョージ・クルーニー)ら4人が、フセインが隠した金塊の在り処に関する地図を発見、軍の指揮下から離れてそれを奪い取ろうと画策するその珍道中を描く。
そこで彼らが目撃したのは、米政府が反フセイン派の村人たちをあおった末に、いざイラク軍が戻ると助けもせずに置き去りにしていた光景だった。村人たちは食糧などの配給をカットされ、イラク軍から弾圧されていた。
ゲイツの台詞「ブッシュが反フセイン派を支持。挙げ句に見捨てた。それで虐殺だ」に表われている。
が、ゲイツら4人は金塊こそが最優先。イラク軍の秘密の地下室に侵入し、金庫から金塊を奪取する。そこでの展開が見事だ。イラク軍は治安を維持したいがために米軍にはさっさと消えてほしい。それで大量の金塊の搬出を手伝う(!)のだ。
実のところ、米国にとってイラク国民のことなどはどうでも良く、ただ石油のためだけに世界最大の軍事力を行使したのだ。金塊騒動はその縮図に過ぎない。
イラク軍兵士の台詞「フセインも異常だが、空爆したお前らも異常だ」は、イラク側の実感をよく突いていて、ハリウッド映画らしからぬ皮肉が利いている。
イスラム政治思想史に詳しい池内恵は、湾岸戦争で米国の中東での一極支配が定着すると、「アル=カーイダに代表されるイスラーム主義運動の過激派は、米国をイスラーム教の理念に服した世界秩序の復興を阻害する最終的な敵と見なし、武力によるジハードをグローバルに展開していく。現在の『イスラーム国』は、その運動の帰結と言っていい」(『イスラーム国の衝撃』文春新書)と指摘する。
10年に及ぶ経済制裁がイラク国内に過激主義を育んだことも影響した。
フセインが「宗教思想への熱意を示したのは、経済が混迷する状況でスンニ派の部族をなだめる狙いから」(『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』)だった。支持基盤のスンニ派中流層が貧しくなったため、そのガス抜きに過激主義を大いに利用した。例えば、失業率の上昇をごまかすため、女性の家庭外労働などを禁止した(同上)。
イラク戦争後にこの勢力が増殖し、過激派の母体となった。
つまり、すでにパンドラの箱は用意されていたのだ。
◆中東側から捉えたイラク戦争後の米軍による占領支配
最後に紹介するのがトルコの人気ドラマシリーズを映画化した「イラク 狼の谷」(’06)。
イラク戦争後の米軍による占領支配を中東側の視点で捉えた数少ない作品だ。
米軍に過激派と間違われてトルコ特殊部隊が拘束され、そのせいで自殺した友人の将校の恨みを晴らす弔い合戦が主軸となっており、ラストは米軍代表との一騎打ちというオマケ付きだ。しかし、作中で最も強い印象を残すケルクーキ導師(ハッサン・マスード)が、自爆攻撃について「イスラムの教えに反する。ただ敵を喜ばせるだけ」と戒めるなど道理を説く面も併せ持っている。
ノリはB級アクションといった感じだが、イラク住民の大量虐殺や民間軍事会社による破壊工作など、個々のエピソードはおおむね実際の事件をベースにしたもので、米国に対する不信感と怒りがにじみ出ている。
中東地域の反米感情の理由を知るにはこれ1本で足りるぐらいだ。
なかでもアブグレイブ刑務所の拷問シーンは、米国の有無を言わせない強圧的な外交、占領政策を象徴している。
フセイン政権の崩壊と混乱が、アルカイダなどの過激派が活動できる場所を作り、ISの前身となる組織に結実したわけだが、旧フセイン政権の関係者を拘留・追放したことが不味かった。行き場のない元政権幹部や元軍人が、台頭して来たISの中核を担うことになったからだ。どちらもスンニ派であり反米で一致したのである。
さらに米国が後ろ盾のマリキ政権は、シーア派主導でスンニ派の恩恵は少なかった。それが一部のスンニ派の過激化を推し進める結果となった。
オバマ大統領がISを敵視して「ぶっ潰す」などと言うのは自由だが、来歴を知れば知るほど身から出たサビに振り回されている感は否めない。
米国が地上戦の可能性を含め戦線を拡大すればするほど、過激思想の持ち主からはISが唯一米国と渡り合える強力な過激派組織に映り、ジハードの正当性があるように思えてしまう。それゆえ資金や人も集まりやすくなるのだ(※)。
これもISの立派な戦略である。
いずれのプロパガンダに乗せられないためには、物事の因果関係に目を向ける冷静さが必要になるだろう。
文/真鍋 厚
※2月11日、ウォール・ストリート・ジャーナルなどは米国家テロ対策センター(NCTC)の推計でISをはじめとする過激派組織へ参加するためシリアやイラクに入った外国人戦闘員が、延べ90ヶ国から推定2万人という「未曾有の規模」に達していると報じた。
英国は当時、アラブ人たちにオスマン帝国打倒に協力した暁には、国家建設を認めると嘘八百を並べ立ててそそのかした。この「アラブ反乱」を映像化したのがあの有名な『
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