鉄拳がブレイク前夜を振り返る「実家に帰ってイラストレーターになるつもりだった」
1997年、「こんな○○はイヤだ」と自筆のイラストが描かれたフリップをめくりながら紹介するネタで、一躍人気芸人の仲間入りを果たした鉄拳。しかし、その後はネタ見せ番組の相次ぐ終了もあり、次第にテレビからは姿を消し、“一発屋芸人”のひとりとして人々の記憶に残っていた。
彼が再ブレイクするきっかけとなったのが「パラパラ漫画」。2012年に発表した『振り子』が評判を呼び、BGMとして使用していたイギリスの人気バンド、MUSEがオフィシャルビデオに採用するなど世界的な人気を獲得し、YouTubeでの再生回数は300万回を突破。その後もNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』のアニメーション、ディズニー映画『ベイマックス』のプロモーションビデオに起用されるなど、彼のパラパラ漫画へのオファーは今も絶えない。
そんな鉄拳の代表作『振り子』を原作とした実写映画が公開を迎える。驚くべき再起を果たした元“一発屋芸人”は自身の再ブレイクをどう考えているのか。
――映画になった『振り子』がいよいよ公開されますが、作品を観たときの率直な心境を教えてください。
「映画化のオファーに対して『進めてください』と返事をして以降、全然何も聞かされていなかったので、キャストにまず驚いて……。きっとよしもとの芸人が中心で、有名な役者さんはせいぜい1人か2人くらいかなと思っていました(笑)。ところが、中村獅童さん、小西真奈美さん、研ナオコさん、武田鉄也さん……まさかこんな豪華なメンバーが僕のパラパラ漫画発の映画に出演してくれているなんて想像もできませんでした。もともとは3~4分ほどのパラパラ漫画なので、それを長編映画の尺にするだけでも大変なはず。そのまま引き伸ばしたら絶対につまらなくなりそうなのに、観客の心に刺さる場面を次々とくるように構成が工夫されています。僕としては原作よりも映画のほうが評判いいのは複雑といえば複雑なのですが、パラパラ漫画で感動したという方にはぜひ見比べていただきたいです」
――試写を観たあと、号泣されたと。
「そうなんですね。ただ、それはストーリーに涙したというのではなく、自分のパラパラ漫画が本当に映画になっている!という感動ですね。今でも信じられない気持ちで……」
――現在はお笑いの活動とパラパラ漫画のお仕事、どのようなバランスでされているのでしょうか?
「舞台には3年以上は上がっていないですし、今、ネタをやれと言われても、ちょっとやれる自信はないですね。週一回、30分のレギュラー番組があるのですが、お笑い関連はそれだけです。準備も含めてもせいぜい2時間ほどですかね。それ以外はずっとパラパラ漫画なので、週7日のうち6.9日以上は漫画を描いています。僕のパラパラ漫画は1秒に6コマで、3分ほどの作品でも1000枚以上絵を描くことになりますので、かなり時間がかかってしまうんです。ストーリーも構図も基本的には完成図が自分の頭のなかにはあって、それを一気に紙に描き付けています。ただ、ときどき『やっぱり、こっちのほうがよかったかも』と思って、2日くらいかけた分を全部捨ててしまうこともありますね。だんだんと絵がうまくなりたいという欲も出てきたみたいで、線も以前より少しこだわるようになっていて……たまに昔の自分の絵を見返すとすごく下手で(笑)」
――鉄拳さんのパラパラ漫画はともかく「泣ける!」と評判です。
「ストーリーのなかで感情を揺さぶるような“緩急”は意識するようにしています。泣きのポイントを書くときは、自分のなかの感動のスイッチを押すために徳永英明さんの『壊れかけのRadio』や渡辺美里さんの『10years』をかけたりして、テンションをコントロールしています」
――お笑いの世界に入る前の経歴もユニークですが、そういった経験がやはり作品に活かされているのでしょうか?
「17歳のときにちばてつや先生の名前がついた漫画の新人賞をもらったのですが、結局、漫画一本で生活することもできず、その後はプロレスに入門したり、劇団入ったり、お笑いを始めたり……本当にいろんなことをやってきました。そういった試行錯誤のなかで感じた自分の感情や不条理な出来事、周囲の人の喜怒哀楽が今の作品には大いに影響しています」
――最近ではパラパラ漫画だけでなく、作家の水野敬也さんとコラボレーションをした絵本『それでも僕は夢を見る』もベストセラーとなりました。
「水野さんは人を感動させる天才ですね。最初に水野さんからストーリーをもらった段階ではそれほど響かなかった部分も、だんだんと絵を描き進めるうちにその凄さがわかってきて、とても驚かされました。『それでも僕は夢を見る』はおかげさまで多くの人に受け入れてもらえたようですが、この前、発売した水野さんとの共作第2弾『あなたの物語―人生でするべきたった一つのこと』は、個人的には前作以上の出来栄えだと思っています。楽しい部分ももちろんあるのですが、勉強にもすごくなるので、普段はあまり絵本を手に取る機会のない20代、30代の男性に読んでもらいたいですね」
――お笑い芸人としてブレイクしたあと、一度は引退を決めていたと伺いました。
「2007年に今も所属しているよしもとに入ったのですが、入ってみて初めてお笑い業界の全体が見えたんです。どれだけの数のお笑い芸人がいるのか、才能ある若手も次々と入ってくるし、自分はもうちょっと無理かなと思って。それで芸人はすっぱり諦めて長野に帰るつもりでした。事務所を辞める日も地元で住む家も決め、仕事は求人誌にイラストを描く仕事ができそうだというところまで考えて。そんな最中に、たまたま回ってきてパラパラ漫画を描く仕事が注目を浴びて、『振り子』を描くことにつながって……本当に何がどうなるかわからないですね。もし、そのまま地元に帰ったら、今も細々と絵を描いて時間を潰している気がします。ブレイクしたときの蓄えもまだあったので(笑)」
――今後はどのような活動を予定しているのでしょうか?
「3~4月には久しぶりに自主制作の作品をつくる予定なんです、完全に自分がやりたいテーマで。その作品をどこかの映画祭に出品して、賞を目指したいなと。本当はパズルっぽい漫画や騙し絵のような作品も描いていますし、いろいろやりたいのですが、今はお願いされるパラパラ漫画の90%以上が感動路線なんです。もちろんお仕事をいただけるのは嬉しいのですが、同じようなテイストのものばかりを描き続けることに対する不安もあって。ただ、もし、今度の自主制作の作品が全然評価されなかったら、今後は周囲から頼まれた通りに粛々描いていくつもりです(笑)」
⇒【動画】鉄拳『振り子』パラパラ漫画 × 映画 特別ver. / ♪ furiko http://www.youtube.com/watch?v=EB19So6SNe0
<取材・文・撮影/日刊SPA!編集部>
<取材・文・撮影/日刊SPA!編集部>
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