「ギブアップしていれば事件にはならなかった」女子プロレス“顔面殴打事件”を安川惡斗本人が振り返る
2月22日、女子プロレス団体・スターダムのリングで勃発した凄惨なセメント・マッチ。ワールド・オブ・スターダム王者の世IV虎(よしこ)が挑戦者・安川惡斗(やすかわ・あくと)を一方的になぶり者にする試合展開に会場は凍てついた。ボコボコに腫れ上がった安川のショッキングな写真とともに事件は瞬く間に拡散されたため、熱心なプロレス・ファンでなくてもご存知の方は多いことだろう。
奇しくもこのタイミングで、安川の主演ドキュメンタリー映画『がむしゃら』が公開されるということで大きな注目を集めている。その内容もまた壮絶で、いじめ、レイプ、リストカット、ひきこもり、洗剤を飲んでの自殺未遂、白内障、境界性人格障害、バセドウ病……ケータイ小説もかくやと言わんばかりに不幸のオンパレードなのだ。
ボロボロになった不器用な少女が女優となり、やがてプロレスの道へと進んでいく。その数奇な半生を追った作品の中で、安川自身が本当に伝えたかったメッセージとは? そして2・22について、どう総括しているのか? 完成披露試写会に姿を見せた彼女を直撃した。
――映画『がむしゃら』を観て強く感じたのは、「なぜ、この人はプロレスを続けるのか?」という違和感だったんです。失礼ですが身体が強くない安川選手にとって、フィジカル・エリートが集まるプロレスの世界が向いているとは到底思えなくて。
安川:まず小さい頃からあったのは、“闘う人間”に憧れていたということ。闘う人間っていうのは、侍、忍者、シュワちゃんだったり……要するにそういう強い世界ですよね。中学生で剣道を始めたのも、闘う人間に憧れがあったからです。けど、どういうわけか自分の身体は痩せ細る一方。普段から身体が震えているし、ひょっとしてアル中なのかなって思うくらいで(笑)。結局、それはバセドウ病が原因だったんですけど、その時点では病気のことがわかっていませんでしたからね。そんな中で「プロレスやらない?」って声をかけられて……。最初はぜんぜん期待されてなかった。腕立て1回もできなかったし。「こいつ、すぐ辞めるな」って思われていたと思う。
――映画の中で「めげない」というフレーズが出てきますけど、理想と現実は違いますよね。理想があっても身体が弱いことを知っていたら、普通は諦めませんか?
安川:闘いたいっていう私の気持ちが、舞台や映像よりはプロレスのほうに合っていたんですよね。魂が震えるっていうか、痛いし、やられて「畜生!」って思うし。あと、筋肉って正直ですよ。最初の頃は試合が終わるたびに全身打撲だった。それがみるみるうちに強くなっていって……。そういう「できなかったことができるようになる」という楽しみがあって、しかもそれをアピールできて、お客さんもついてきてくれる。「生きているな」って実感するんですよ。楽しいんですよね、プロレスが。
――安川選手を観て驚かされるのが、リングに上がる際の豹変ぶりです。普段はおしとやかな女の子って感じなのに、まるで狐が憑いたように別人格のヒール(悪役)になりますよね。あれは女優魂から来るものなのか、解離性障害の影響なのか?
安川:解離性障害については映画の中でも触れていますけど、診断を下された高校生だったときは自分のことが大嫌いで、二重人格的な部分が出てきていたんです。みんな、その時々に応じて違う人格が出るじゃないですか。恋人の前、親の前、教師の前、親友の前……。それが私の場合は、他の人より少しだけ振り幅が広かった。でも、今、リング上で豹変するときは、「自分でスイッチを入れている」と自覚しています。安川惡斗も安川結花も、別人格ではない。口調が違うだけで、言っていることは意外と同じなんですよ。だからみなさんに言われるのが、ヒールとかベビーフェイス(善玉)とかの枠を超えて、もはや「安川惡斗というジャンル」なんじゃないかって。そう言われたら、それでもいいかなって思うんですよ。私は私っていうことで。
――プロレスはその人の人生が浮き出ると言われますが、安川選手の場合はダダ漏れって感じの印象を受けます。
安川:そうですね。試合の最中は演技とか考えてないですよ。必死ですよ、闘うことで。結局、2.22の世IV虎戦は、私のいいところも悪いところもぜんぶが出ていたんだと思う。というのは、ギブアップしなかったから。あそこでギブアップしていれば、あんな大きな事件にはならなかったから。最後は気力だけでした。うろ覚えの部分もあるし、最後あたりは目が霞んでいたのは覚えていて……。
⇒【vol.2】に続く https://nikkan-spa.jp/824474
<取材・文/小野田 衛>
【安川惡斗】やすかわ・あくと。1986年、青森県生まれ。日本映画学校在学中から舞台で活躍し、映画、ドラマ、声優活動などで幅広く活動。2011年、出演した舞台を機にスターダムの練習生に。同年、本格派ヒールとしてプロレス・デビューを果たすと、以降は独特の存在感でマット界を賑わす。身長162cm。キャッチ・コピーは「惡の女優魂」。第3代&第5代ワンダー・オブ・スターダム王者。
●『がむしゃら』
※3月28日より渋谷シアター・イメージフォーラム他で公開
女優・安川結花としても活躍する現役女子プロレスラー・安川惡斗の半生を追ったドキュメンタリー。中学時代にいじめ、レイプ、自殺未遂を経験して人生を諦めかけたところを1人の医師の言葉に救われ、演劇や女子プロレスとの出会いによってようやく自分の居場所を見出したという過去が本人の言葉で赤裸々に明かされる。何度も絶望の淵に立たされながらも決して人生を諦めず、がむしゃらに戦い続ける姿を描き出す。監督は高原秀和。出版社勤務を経て、フリーのライター/編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆をおこなう。芸能を中心に、貧困や社会問題などの取材も得意としている。著書に『韓流エンタメ日本侵攻戦略』(扶桑社新書)、『アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実』(竹書房)。
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