番外編その5:知られざるジャンケット(1)

「ジャンケット(JUNKET)」と呼ばれるカジノ関連の業種がある。

 日本では、「カジノ仲介業」と翻訳されている。

 2011年夏に発覚した「大王製紙前会長特別背任事件」で、ジャンケット業者が井川意高をマカオで連れ回したと報道されたから、読者の記憶にまだ残っているかもしれない。

 この稿を書いている時点では、国会における『特定複合観光施設区域整備法(IR整備法/カジノ設置法。以下「IR実施法」と表記)』の行方は、まだ不透明な状態にある。

 その『IR実施法』の原案では、「いわゆる『ジャンケット』」は認めない」そうだ。

 まあシンガポールでも、リゾート・ワールド・セントーサ(RWS)とマリーナ・ベイ・サンズ(MBS)に政府がカジノ・コンセッションを出した際、ジャンケットは禁止されていた。

 ところがプレミアム・フロアで打つ海外からの顧客の足が遠のくと、シンガポール政府も結局これを認めるようになってしまった。

 いやいや行政当局の対応だけではない。それが制度化され永い歴史とともに存在していたマカオでも、MGMなどは当初ジャンケットは入れない、と豪語していた。しかし、いつの間にかMGMマカオのVIPフロアは、ジャンケットの小部屋だらけになっている。

 大手ジャンケット事業者とカジノ事業者の契約は、原則として(あくまで「原則として」である)「勝ち負け折半」だ。

 カジノで客が勝てば、大手ジャンケット事業者は、その半分をかぶる。客が負ければ、売り上げ(カジノ業界での「売り上げ」とは、バイイン金額から払い戻し金額を引いたもの)を折半する。

 当然にもジャンケットという「仲介業」を入れない方が、カジノ事業者の収益は上がる。

 それゆえ、カジノ事業者は、自社が握るハイローラーのリストで、カジノが直営するプレミアム・フロアが埋まってくれるものなら、ジャンケットなんて入れたくないのである。

 ここ20年でアジア太平洋地域におけるカジノ業界は拡大の一途をたどった。

 それは同時に、限られた人数しかいないカジノのハイローラーたち(ここでの「ハイローラー」の定義は、一回の滞在に5000万円以上持ち込む打ち手のこととする。『森巣博ギャンブル叢書3 日本の「ハイローラー」』参照)が、新規のカジノに拡散した、ということでもあった。

 ここ数年のアジア太平洋地域の大手カジノは、北京政府の「反腐敗政策」の影響をもろに受けて、プレミアム・フロアでは閑古鳥が鳴くところまで現れた。

 そのVIPフロアの空いたスペースを埋めていったのが、本稿でテーマとするジャンケット事業者たちが運営するジャンケット・ルームだった。

 さて、ジャンケットとは、いかなるものか?

 2011年に発覚した「井川意高・大王製紙前会長特別背任事件」でもわかったように、すでに日本の業者がいくつか存在しているのにもかかわらず、ジャンケット業とは日本での認知度がきわめて低いビジネスである。(つづく)

⇒続きはこちら 番外編その5:知られざるジャンケット(2)

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。