日本の文化 本当は何がすごいのか【第12回:気韻生動】

横山大観記念館(縮小)

横山大観記念館入口

 

気韻生動とは


 美術館やコンサートなどに行き、名のある絵画や仏像、音楽などを鑑賞すると、心に響き、日頃の疲れが癒されることがあります。同伴者がいれば、その後、喫茶店やレストランで互いの感想を述べ合い、余韻を楽しむ、そうした時間も人生の楽しみの一つです。

 このように、人は美しいものを見たり聞いたりすると、なぜ感動したり、美しいと感じるのでしょうか。その答えの一つに「気韻生動」という言葉があります。

 5世紀の終わり頃、中国の画人・謝赫が『古画品録』という画論の中で、絵画を批評する際に6つの指針(画の六法)があるとして、その冒頭に、この気韻生動を挙げています。

 ちなみに、他の5つの言葉とは、骨法用筆(骨格と筆の用い方)、応物象形(デッサン力)、随類賦彩(色彩感覚)、経営位置(画面の構成力)、伝移模写(模写力)であり、技法の指針です。

 他方、冒頭の気韻生動は、技法ではなく精神の指針であり、気(生命の流れ)と韻(リズム)が生き生きとしている――簡単にいえば精神の躍動感のことです。

 前述の謝赫は、この精神と技法の6つの指針から、絵を見る視点を説きました。

 確かに、よい絵画を見ると、構図や色使いなどの技法を通して、画家がキャンバスの中に精神の躍動感を表現しており、その絵から発せられる気と韻が調和し心に響き、感動し美しいと感じるように思えます。仏像や音楽、そして映画などもまたしかりです。

 

横山大観のことば


 近代日本画の巨匠、横山大観(1868~1958)は、『大観のことば』(横山大観記念館編)という小冊子で、この気韻生動について次のようにいっています。

「画論に気韻生動ということがあります。気韻は人品の高い人でなければ発揮できません。人品とは高い天分と教養を身につけた人のことで、日本画の究極は、この気韻生動に帰着するといっても過言ではないと信じています」

 さらに日本画の精神についてこう記しています。

「近時の日本画は、絵を心で描く事なく、単に手を以て描いているに過ぎない。単に眼の命ずるところによって駆使されたる技法では、それは、事物の客観的な形象を、ただ表面的に説明するにとどまって、物象の真実なる生命を表現することは出来ない」――横山大観は、気韻生動を制作の原点に置き、それに向かって努力をしたのです。

(出典/田中英道著『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』(いずれも育鵬社)ほか多数。

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