有り難き快気祝い[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第44話)]

石葉の料理

「石葉の料理・函南の鮎は香ばしかった」(田沼敦子さん写す)

朋あり遠近より来る、また愉しからずや


 退院して1か月半経った7月初め、友人たちが快気祝いをしてくれた。場所は湯河原の「石葉」。高級料亭旅館である。

 このグループは美味礼賛に事欠かない仲間であり、気の置けない友人である。性別も年代も職業もバラバラだが、共通なのは食の話題が豊富な点である。

 まず田沼敦子さん、写真家田沼武能氏の奥方で、本職は歯科医である。食べものに関する造詣が深く、うまいもん、うまい店に通暁している。人が自然に集まるという不思議な引力も持っている。

 そして大貫真樹さん、田沼さんの友人で、この人も食や料理に詳しい。数年前、山口は湯本温泉・大谷山荘の改革に招かれて、もてなしや料理面で新風を巻き起こし、その別邸「音信」(おとずれ)を再生し、ついにロシアのプーチン大統領を招請するまで評価を上げた。

 経営的感覚も並大抵ではない。今では小田急線伊勢原駅近くで「豆梅」という料理屋を切り盛りしている。大山登山の拠点にふさわしく、湯葉と豆腐が売り物だ。

 もう一人は朝日新聞の林敦彦さん、現在は秋田総局長だが、当時は科学医療面の幹部記者でこの分野における紙価を高めた。林さんも「口福」の使徒だ。

 これらの人を紹介してくれたのが伊井乙生君。フジサンケイグループにおけるボクの後輩で、理想高き壮年。いまだに未婚。食に関する蘊蓄も半端ではない。

 半端でないといえば、「石葉」の料理。夏野菜のスッポンゼリー掛けという先付に始まり、八寸、お椀から水菓子、甘味に至るまで完璧なフルコースである。

 地元函南鮎の炭火焼きが特に印象に残った。カロリー制限、塩分制限について、この日は対象外とした。

 田沼さんは医師としていろいろとアドバイスをしてくれたし、大貫さんは食べるべき食材を教えてくれた。林さんは「セカンドオピニオンが必要なときはぜひ声をかけて」と言ってくれた。

 ボクは退院時に、アルコールは月一回ワイングラス1杯だけという実質禁酒に近い制限を受けていたが、この快気祝いにその貴重な機会を振り向けたことは言うまでもない。

病人だらけの快気祝いも


 その1か月後、大学時代の友人たちが祝ってくれた。前回と異なり、70歳台後半の友人たちはそれぞれに病気と闘っている。

 心臓病の先輩に当る元バンカーや公社マン。胃ガンの手術をして回復途上の元ビジネスマン。体のあちこちに痛みを抱えた大学名誉教授。

 一見元気だったのは倉敷から駆けつけた人事コンサルタントの一人のみ。その日姿を見せなかった元製鉄マンは前立腺の疾病と闘病中だ。

 このグループは半世紀以上の友人で、大学時代の落語研究会のメンバーだ。そんなわけだから以心伝心で言いたいことは伝わるが、この日は落語の話より病気の話に終始した。

 もちろんボクは月1回の貴重な飲酒チャンスをこの日に当てた。

兼好法師のお言葉だが……


 さらに9月半ば、共通の友人の1周忌にかこつけて、テレビショッピング草創期の仲間が集ってくれた。

 メンバーは友人の未亡人に加えて岩崎美智子さんと中野安子さん、広瀬和子さん。それぞれテレビショッピングの女性戦友で、岩崎、中野の御両人は長らくレポーターとしてテレビに出ていた。

 彼女らはいまだに美しく、麗しい。ボクは友情以上の憧憬の念を持っていた。亡妻がよくやっかんでいた。

 みなさん、ボクの回復ぶりを褒めてくれたが、それがボクの心を支えた。ボクの病気は一つ間違うと鬱病になってしまう。こうした友達がいると鬱になっている暇がない。

 徒然草の兼好法師は「病なく身強き人は友人とするには悪き人」(徒然草117段)と言ったが、友情とはそんなレベルのものなのだろうか。

老若男女、健壮病、どんな人であれ、やはり、持つべきものは友達である。

協力:東京慈恵会医科大学附属病院

【境政郎(さかい・まさお)】
1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。





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