妖怪伝道師としての水木しげるがつないだ過去と未来、日本と世界

<文/橋本博 『教養としてのMANGA』連載第2回>

『ゲゲゲの鬼太郎』アニメ放送開始50周年! 今も変わらないキャラたち

 2018年8月7日、熊本空港近くのイベント会場「グランメッセ」は妖怪一色に染められていた。地元の放送局、バンダイ、水木プロダクションなどによる夏休み企画「体感妖怪アドベンチャー GeGeGe水木しげるの妖怪天国」がオープンしたのだ。  9歳の孫を連れて、あまり期待もせずブラリと来てみたのだが、そのクオリティの高さに驚いた。身内の話で恐縮だが、私が還暦の時に生まれた孫とはちょうど60年の年の差がある。その孫と一緒に妖怪イベントに行き、鬼太郎も話で盛り上がっている。これってホントはすごいことなのではなかろうか。

2018年8月7日~16日にグランメッセ熊本で開催された「体感妖怪アドベンチャー GeGeGe水木しげるの妖怪天国 熊本」にて。年の差が60歳もある9歳の孫と「鬼太郎」の話で盛り上がれる、考えてみればこれはスゴいことだ。

 世代を超えて妖怪の話ができるのは、水木しげるが生み出したこのキャラクターが繰り返し、繰り返しメディアに登場し続けているからだ。中でも大きな影響を与えているのがアニメの放送だろう。  1968(昭和43)年に始まったアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』は10年ごとに新しく作られてきて、50年目を迎えた2018年が第6期の放送となる。この間、鬼太郎の姿はほとんど変わっていない。長髪で左目を隠し、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを羽織り、ボタン付きの上着を着て半ズボンに下駄履き。このスタイルは50年間続いているので、お爺ちゃんと孫の間でも話が合う。キャラクターの外形の基本が変わらないことが長寿の秘訣だ。このことは『サザエさん』『ドラえもん』『ちびまる子ちゃん』を見ればわかるだろう。  主人公を取り巻く鬼太郎ファミリーも、キャラクターはほとんど変わっていない。鬼太郎の父親目玉オヤジはお茶目で博識で親バカ。いつも鬼太郎たちを裏切るが、なぜか憎めないねずみ男。鬼太郎の母親代わりで頼りになる存在の砂かけばばあ。普段はあまり頼りにならないが、いざという時に力を発揮する子泣きじじい。ひょうきんな性格でファミリーを載せて宙を舞う一反もめん。優しい力持ちだが存在感抜群のぬりかべ。これにねこ娘が加わるが、こちらの方は期によってキャラクターが変わっていく。  準レギュラーの妖怪たちが多いのも人気が長続きしている理由だ。川でひたすら小豆をあらうだけの小豆洗い、知恵者として鬼太郎たちを助ける油すまし(これは熊本は天草出身の妖怪だ)、敵役として何度も登場するあかなめ、ぬらりひょん、おどろおどろなども忘れちゃいかんのぅ(目玉おやじの口調で) 。

『ゲゲゲの鬼太郎 大解剖』(サンエイムック)

鬼太郎に込められた社会へのメッセージ

 鬼太郎がこれほどまでに長く国民に愛されてきたのは、妖怪たちのキャラクターが立っていたからだけではない。どの回にも何かしら社会へのメッセージが込められているのも魅力の一つだ。特に第6期のシリーズはこの傾向が強い。  人間が好き勝手に自然を作り変え、強力な照明で暗闇の部分を消して行く中で、妖怪たちは次々にすみかをなくしていく。そんな妖怪たちからの復讐が始まった……ということで、最初のうちは異常気象、環境破壊、公害問題などの自然からのしっぺ返しがテーマだった。  後になると、自然を失った人間たちの心の余裕が失われたことから、いじめ問題、受験地獄、自殺、交通事故なども取り上げられるようになる。人間が不幸になってしまったのは妖怪のせいのように見えるが、ホントは人間が自分で生み出したことなんだというメッセージが繰り返し伝えられていく。  こうして鬼太郎アニメは、子供や大人に妖怪を通していろんなことを考えさせるツールとして教育に貢献してきた。  50年にわたり繰り返しアニメ化され、映画化されてきたことから、もはや国民的キャラクターになった鬼太郎。こんなに長期にわたって放送され続けてきたキャラクターは他にはない。  このアニメの影響で鬼太郎をはじめとする妖怪たちが日本国内にとどまらず、海外でも人気を保っているのは、ひとえに妖怪という存在が世界中から認知されてきた結果なのだろう。

日本で古代から語り継がれれてきた妖怪

 古代から語り継がれてきた物の怪、あやかし、妖怪、妖魔は、ある時は歴史を動かし、ある時は畏怖の対象とされ、民話の中で伝承され、江戸時代になってからは妖怪図録などができて楽しみの対象とされてきた。  明治には、人々を惑わす誤った伝承として論理の力で強引に抹消されようとしたこともあった。「妖怪の仕業とされてきたことは全て人間の思い込み、意識操作によって生み出されたものなの。妖怪の正体は私が全部暴いたので、これからはむやみやたらと妖怪など持ち出さないように」といった主張が偉い学者先生からなされたことで、妖怪は明治、大正、昭和の始め頃までは封印されたことがあった。  それでも人々の心に中に長い時代をかけて積み重ねられた妖怪への思いは、消えることはなかった。その傾向は特に地方に行けば強くなり、「どこそこの地方には今でもこんな妖怪が出るぞ」という話はますます広がっていった。  そんな時に柳田國男が提唱した民俗学という学問が登場する。妖怪が本当に存在したのか、その正体は何かどうかという議論はさておき、ある地域にはこんな妖怪がいたんだという伝承そのもの収集していく学問である。  そのためには徹底的に地方に出かけ、人々の話を聞き取り、文字にして残すことが必要で、それらを集大成することで日本人の死生観、自然との関わり方が見えてくるというわけだ。  柳田にとって妖怪とは、その地域に暮らす人たちが感じた何か目に見えない存在を象徴するものだった。感じ方によってその存在はいろんな形に見えるのだが、とにかくそれを可視化することが必要だったので、柳田は江戸時代に描かれた百鬼夜行図などの妖怪図絵を参考に形を与えていったのである。  江戸時代ほど日本人が全国をくまなく訪ねていった時代はない。とにかくひたすら歩いて地方のみやげ話を集めることに熱心だった人たちが、都会に帰って地方の伝承を絵にしたものが妖怪図絵で、さまざまなバージョンが存在する。  熊本を例にあげれば、八代の松井家に伝わる「松井文庫 百鬼夜行絵巻」には地元の絵師が描いたオリジナルの妖怪が描かれている。また最近では天草の旧家に伝わる図絵にも、他の図絵には見られないシーンが描かれているものが発見された。  目に見えないはずの妖怪を可視化して名前を付け、出自を明らかにしてその行動を紹介する図絵はキャラクター図鑑であり、江戸時代が生んだ最大のエンターテイメントの手段であり、庶民が生み出したサブカルチャーであった。

妖怪伝道師としての水木しげる

 そして戦後になって妖怪たちは再び脚光を浴びるようになる。その最大の功績者が妖怪伝道師水木しげるだ。近代化という眩しい光の中で、つい見えなくなってしまう闇の部分、消えてしまう文化に目を向けてきたのが水木だった。  その水木しげるがなくなった2015年11月、こんな文章を書いていたことを思い出した。妖怪が今日まで生き残り、マンガやアニメで国民的キャラクターとなり、今では世界中が妖怪の存在意義に気づくようになったきっかけを作った水木氏を偲んで、当時の追悼文を以下に紹介しよう。 「みんなで送ろうゲゲゲのゲ」  水木しげるさんは死なないと思っていた。妖怪と人間をつなぐ大切な存在としていつまでも元気に生き続けていくものだと信じていた。訃報に接した時日本中の人が驚き、やっぱり水木さんは妖怪ではなく人間だったことを思い知らされた。  作品も作者も私の人生に大きな影響を与えてきた。幼い頃、祖母の背中におんぶされている時に見た紙芝居の『墓場鬼太郎』が始まりだ。小学生の頃には貸本屋で『鬼太郎シリーズ』『悪魔くん』『河童の三平』のとりこになり、似顔絵を描いて投稿したこともある。  「ああ、楽して暮らしたいなあ」という水木さんの生き方ににも大いに共感し、結局サラリーマンの道を捨てて、今では水木マンガコレクターという「怠け者」になることができた。  亡くなった時の過剰なほどの新聞やテレビの反応を見ていて、みんな水木さんのような生き方に本当に憧れていたんだなあと実感した。でも現実は決してそれを許さない。「おばけにゃ学校も試験も何にもない」というわけにはいかないのだ。だからこそなんでも妖怪のせいにしたりして息苦しさから解放されたいと思うのだろう。昨今の妖怪ブームはそのあらわれだ。  さて今ごろは水木さん、ようやく人間という牢獄から解き放たれ、妖怪たちと一緒に楽しくやっているに違いない。さあみんなで送ろうゲゲゲのゲ。 【橋本博(はしもと・ひろし)】 NPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクト代表 昭和23(1948)年熊本生まれ。熊本大学卒業後、県庁職員などを経て、大手予備校講師。昭和62年絶版漫画専門店「キララ文庫」を開業(~平成27年)、人気漫画『金魚屋古書店』(芳崎せいむ、1~16巻、小学館)のモデルとなる。平成23年、文化遺産としてのマンガの保存・活用や、マンガの力による熊本の活性化を目指すNPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクトを立ち上げる。平成29年、30年以上にわたり収集した本を所蔵した「合志マンガミュージアム」を開館。崇城大学芸術学部マンガ表現コースの非常勤講師も務める。
金魚屋古書店(1) (IKKI COMIX) Kindle版

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