超豪華! シティハンター、北斗の拳、メカドック作者が審査員の第2回熊本国際漫画祭が開催

<文/橋本博 『教養としてのMANGA』連載第4回>

マンガのヒートウェーブ、熊本に上陸!


9月12日から17日まで国際漫画祭が熊本で開かれた。と言ってもピンとこない人もいるだろう。国際映画祭はよく聞くけど国際漫画祭ってあまり聞かないなぁ、それがどうして熊本で開かれるのかもよくわからない、っていうのがほとんどの反応だろう。

ところが熊本にいると、猛烈なマンガのヒートウェーブが吹きまくっていることが実感できる。地元紙には「マンガの遺伝子 世界中に」「復興に向けて国際漫画祭再び」「漫画家デビュー 熊本から」「マンガ×熊本=?」「熊本を日本一のマンガ県に」という見出しが連日のように飛び交っている。

熊本で開かれた国際漫画祭の模様を報じる新聞


 9月8日の地元紙には全紙二面を使った「漫画にマジメ!」という案内広告まで掲載された。これほどの規模でマンガ関連イベントが告知されたのは初めてのことだ。関係者の意気込みが伝わってくる。

 地元テレビ局のローカルニュースでもマンガ関連の話題でもちきりで、本当に熊本は日本一のマンガ県になったような気にさせられる。おかげで私もメディアに露出する機会が増え、「あっ、新聞見ましたよ」「テレビに出てましたね」と声をかけらるようになって、おちおち町を歩けなくなってしまったほどだ。

「漫画にマジメ!」熊本日日新聞に掲載された第2回熊本国際漫画祭の告知広告


始まりはサイレントマンガオーディション


 それではまず国際漫画祭の説明から始めよう。主催は『月刊コミックゼノン』を発行する漫画出版社コアミックス(東京)。同社の社長である堀江信彦氏は『週刊少年ジャンプ』の元編集長で、「シティハンター」や「北斗の拳」などのヒット作を手がけ、653万部の最高部数を達成後に独立した。

 新しく会社を立ち上げた堀江氏は、これまで日本のマンガを海外に広める事業を展開してきた。最初は日本で人気のある作品をまとめた雑誌をアメリカで発売したが、これが全く売れなかった。その原因は言葉の壁にあった。どんなに翻訳のクオリティを高めても、日本語の微妙なニュアンスは外国語に翻訳できない。

 そこで考えついたのがいっそのことセリフをなくしてしまい、絵だけで作者のメッセージを伝える「サイレントマンガ」というアイデアだ。そこで2008年に世界中からサイレントマンガを募集するオーデションを開始する。当初は苦労したが、その後順調に作品が集まるようになってきた。

セリフなしでも心に伝わる――53の国と地域から寄せられた514編の「第1回サイレントマンガオーディション」受賞作品が掲載された『世界から届いたジャパニーズ漫画』(コアミックス、2014年)


 日本のマンガの文法(マンガリテラシー)は、今や世界標準となりつつある。コマ割り、キャラの立て方、メッセージの伝え方、擬音語、擬態語、漫符(マンガに用いられる独特の記号)などの表現技法などは、日本が100年近くかけて築き上げてきた文化遺産といってもよい。

 ところがその文化遺産が危機に瀕し始めている。せっかく築き上げてきたマンガの文法が、さまざまな理由によって次世代に伝わりにくくなってきているのだ。子供のマンガ離れ、少子化、スマホの普及、デジタル化、よりシンプルなマンガ文法の登場(韓国で流行りの「ウェブトゥーン」など)が原因にあげられよう。

 そんな中、マンガ文法を次世代に残すためには二つの道がある。一つはそれを継承してくれる若い世代の描き手を海外に求める道、もう一つはそれを地方に求めるという道だ。そこでまず世界中から描き手を集めるために、「サイレントマンガオーディション」が外国人を対象に始められた。

第2回熊本国際漫画祭開催へ


 2016年、熊本を突如襲った熊本地震、その復興支援をきっかけに、2017年からはサイレントマンガオーディションを熊本国際漫画祭として、会場を熊本に移すことになった。熊本をマンガの力で元気にしようと企業、自治体、大学、メディアなどが積極的に支援をしてくれて、その資金で、入賞した作品を描いた漫画家たちを熊本に呼ぶことができた。ここから海外の作家たちとの交流が始まる。

 これだけ盛り上がったマンガのヒートウェーブを翌年も続けようという声が自然に上がり、関係者の必死の努力で、2018年 9月に第2回国際漫画祭が開かれることになったのである。

 今回の漫画祭ではサイレントマンガとイラストの2部門に、42の国と地域から726点の応募があった。審査は漫画家北条司(「シティハンター」他)、原哲夫(「北斗の拳」他)、次原隆二(「よろしくメカドック」他)の三氏、コアミックスの堀江氏、マンガ表現コースを持つ崇城大学芸術学部の教員が行い、上位作品137点が会場の鶴屋百貨店ホールに展示されている。

 昨年に比べて作品のクオリティは格段に進歩している。日本のマンガの文法をみごとに受け継いでKAWAII(カワイイは世界共通語)キャラを立て、斬新なコマ割りを用いて、しっかりとメッセージを伝えることができるようになった。もはや日本のマンガ文法というよりも世界のマンガ文法が確立しつつあることを実感させられる。

 特に昨年に引き続いてグランプリを受賞したベトナムの男性二人組、ゼバニア&ナットリンの作品「空へ向かって――To The Sky」には驚かされた。空を飛びたいと願うハリネズミが不可能に挑戦しよう思い立ち、小鳥たちの助けを借りてようやく空を飛べるようになる。その時の表情、背景の線、シンプルなメッセージは、審査員の満場一致で選ばれるだけあって文句のつけようがないほどの完成度だ。

グランプリを受賞したベトナムの男性二人組、ゼバニア&ナットリンの作品「空へ向かって――To The Sky」



授賞式の様子


テーマはWASAMON


 さて、堀江氏も実は熊本市出身で、私は2014年に明治大学の中野キャンパスで「熊本のマンガ凝集力」というテーマで堀江氏と明大教授の藤本由香里氏と鼎談を行ったことがある。熊本というところは出身高校のネットワークがやたらと強力で、私たち三人はみんな同じ高校出身だったので、まるで同窓会のようなノリの鼎談になった。

 熊本という所は、どの高校を卒業したかが一生ついて回る土地柄で、出身大学などはほとんど問題にされない。お互いが同じ高校出身だとわかった瞬間に、それまで難航していた話が一気にまとまるのはよくあることで、県外出身者からみると卒業生のネットワークの強力さは異常に見えるらしい。

 ちなみに今回の漫画祭の会場を提供してくれた鶴屋百貨店の社長と堀江氏も同じ高校の同級生である。これほど便利で強力なコネクションは他県にはあまりないだろう。

 ただそんなコネクション社会に長く身を置いていると、閉鎖的になってしまうこともある。熊本の人は頑固でひとたび「こう」と決めたら簡単には意見を変えないという意味で、よく「肥後もっこす」だと言われているが、これはコネ社会の弊害なのかもしれない。

 一方、どちらというとネガティブなイメージが強い「もっこす」のほかに、熊本人を表す言葉に「わさもん」というものもある。こちらは新しがり屋で飽きっぽいという一面も持っているが、豊かな好奇心を持ち、何事にも前向きに挑戦するというポジティブなイメージの方が最近は強調されてきた。

 そこで今回の漫画祭のテーマは「WASAMON〜豊かな好奇心〜」になった。熊本でしか知られていない「わさもん」という超ローカルな言葉を、一気に英語にしてしまって世界中に広げようというのだから、漫画祭実行委員会のメンバーはやっぱり相当な「わさもん」に違いない。

第2回熊本国際漫画祭の受賞作品集



 このテーマで世界中からオリジナルの作品を集めようというのだから、なかなか大胆な試みだ。果たしてこのテーマの意味が国外の人に正しく伝わるのかと心配していたら、意外や意外、きちんと汲み取ってくれていたので驚いてしまった。

 日本語の「オタク」が英語のOTAKUになると、何事にも前向きに挑戦する専門性の高い人というイメージに変わっていったが、WASAMONも同じようなイメージで受け止められたようだ。グランプリ受賞作品だけでなく上位入賞作品の多くにWASAMON スピリットが感じられた。これから熊本弁のわさもんが世界共通語になる日も近いかもしれない。


情報を最初に発信するのは東京ではなく地方


 この連載記事、『教養としてのMANGA』を書いている私は熊本生まれの熊本育ち。一時的に東京や海外に住んだことはあるが、ほとんどを熊本で過ごしてきた。熊本という一地方都市からマンガの世界を観察していると、東京からはなかなか気づけないような、いろんなことが見えてくる。東京はあらゆる情報の最終集結地ではある。だが、「情報を最初に発信する」のはむしろ地方都市の方だ。

 例えば、マンガの研究を全国に先駆けて始めたのは熊本だった。映画評論の手法でマンガ評論の草分けとなったのも、世界最大の同人誌即売会コミケを創設したのも、古い少女雑誌を消滅の危機から救ったのも、戦後マンガのルーツである貸本漫画をまとめて保存していたのも、京都精華大学や明治大学にマンガ研究の拠点を作ったのも熊本の研究者たちだ。

 熊本ゆかりの漫画家の数も地方都市の中では突出している。ギネス認定の漫画家には「ワンピース」の作者尾田栄一郎氏、「あさりちゃん」の作者室山まゆみ氏がいる。熊本に在住してマンガを描き続けている作家も多い。

 そんな中でこれからの漫画家の卵を育てるための試みが始まった。以前は、漫画家になるためには東京に行って、誰かのアシスタントをしながら腕を磨いていくのが主流だった。今ではデジタル技術が進み、マンガ原稿はどこでも描けるし、高い家賃を払いながら東京に住む理由はなくなった。

 地方でも漫画家になれる時代がやってきたが、問題もある。マンガを描くのはどこでも大丈夫だが、マンガをプロデュースしてくれる編集者が近くにはいないのがネックだった。この問題を解決しようというのがコアミックスの試みだ。

 熊本にマンガ編集部の分室を作り、編集者を常駐させて漫画家の卵を育てようという「コアミックスまんがラボ」が、10月末に今回の国際漫画祭の会場になった鶴屋百貨店の別館に開設されることになった。熊本だけでなく九州一円から漫画家を目指す若者を集め、部室のように利用してもらい、東京と直結した対応ができるようになる。

 さらに別の試みも進行中だ。マンガの力で地域を元気にしようという自治体の数が、熊本では随分増えてきた。その中の一つ、阿蘇の高森町をクリエーターが集まる拠点にしようというプロジェクトも始まっている。10月17日に高森町の廃校になった小学校の校舎を活用して、「くまもと国際マンガCAMP」が始まった。国際漫画祭の審査のために熊本を訪れた三人の漫画家の指導を受けたり、小学生を対象とした漫画教室も開かれた。

 「なぜ高森町に?」という疑問に堀江氏の答えは明解だ。「ここが自分のふるさとだから」。やっぱり熊本人は地元愛がハンパない。そこで私が館長を務める合志マンガミュージアムでも、この企画に合わせて鶴屋百貨店での展示が終わった9月18日から10月8日まで、漫画祭の入賞作品の一部を展示している。

サイレントマンガ in 合志マンガミュージアム。国際漫画祭サイレントマンガ部門の中から、グランプリ作品など厳選した作品を展示した。



 こうして熊本では、新たに漫画家を養成するプロジェクトが始まった。ここでものを言うのが熊本のコネ社会だ。強力な同郷、同窓ネットワークを通して、このプロジェクトは玉突き現象のようにますます拡大していくことだろう。

【橋本博(はしもと・ひろし)】
NPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクト代表
昭和23(1948)年熊本生まれ。熊本大学卒業後、県庁職員などを経て、大手予備校講師。昭和62年絶版漫画専門店「キララ文庫」を開業(~平成27年)、人気漫画『金魚屋古書店』(芳崎せいむ、1~16巻、小学館)のモデルとなる。平成23年、文化遺産としてのマンガの保存・活用や、マンガの力による熊本の活性化を目指すNPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクトを立ち上げる。平成29年、30年以上にわたり収集した本を所蔵した「合志マンガミュージアム」を開館。崇城大学芸術学部マンガ表現コースの非常勤講師も務める。

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