日本の美仏を歩く(1)――東京にある7世紀の釈迦像

深大寺・釈迦如来像・国宝(SPA)

深大寺 釈迦如来像 国宝

神社・仏寺の数の多さ

 日本全国にはコンビニが5万軒以上もあります。しかしそのコンビニより、さらに3倍以上の神社・仏寺があることを、人々はあまり意識しません。合わせて全国で16万の神社・仏寺があります。実用ではないこの聖なる場所がこれほどあることは、祖先たちがいかにこれらを大事にしていたか、また今日でも大切にされているかが分かります。そして、過疎化した地方でも、それはほとんどが残されているのです。  一体なぜでしょう。それは日本の精神的な伝統、美的な文化が、実用性を超えて評価されているからなのです。戦後、神社・仏寺が、人々に特に気が付かれないのは、学校教育で、これらの存在を教えられなくなったからです。このことは逆に、いかに戦後教育が歴史に逆行していたかを示していることでもあります。

神社と仏寺の違い

 現在でも、1億人近くの日本人が、初詣に行きますが、その行く先は神社・仏寺です。  神社・仏寺で拝む日本人は、祖先の霊や、土地の神様仏様を思い、自らの幸福を祈ります。一方では手を叩き、他方では手を合わせるだけで違いがない、と思っている人が多いようですが、実を言うと、祖先たちはこの二つを区別してきました。神社には像がありません。そこは目に見えぬ霊が存在する場所だからです。美しい木々があるのです。  仏寺には仏像が必ず安置されています。そこにはお釈迦様、という人間がおられ、私たちの個人の悩みを聞いてくれます。つまり神社では、自然や土地の神々を、寺院は人間の仏たちを拝んできたのです。「ほとけ」の「ほと」が仏陀の意味で、「け」は「形」、すなわち「仏像」のことです。日本で仏寺が仏像を大事にしているのは、それが仏陀そのものと考えたからです。  そして仏像も、お釈迦様ばかりではありません。菩薩、仁王、四天王、十大弟子、十二神将などいろいろなお姿があります。しかしいずれもその精神に変わりはありません。神社は、土地の神にしても、自然の神々、偉人の神でも、共同体がつくり出した神々なのです。みんなでお祭りをするのは、この神社の方です。  本地垂迹という説があって、もともと仏教のいろいろな姿が、日本の神々の本地だったと言いますが、実を言えば逆で、もともと神道があったところに、仏教が伝来したのでした。今日では、神社と仏寺は別々に建てられているように見えますが、本来、同じところに建てられていることが多かったのです。神社の土地や自然の神が仏寺を守る形をとっていたのです。    私は美しい像を見るのが好きで、世界各地の美術品を見て過ごしてきました。宗教が造形に美しさ、深さを与えることは、世界中変わりません。  日本の仏像について述べようとするのも、中国、朝鮮とは違う、こんなに古い、こんなに質の高い仏像がたくさんあるのに、日本の美術史家の眼力が不足しているせいか、仏教研究家が仏教美術に関心を持たないせいか、その美をしっかり紹介していないからです。お寺も、一番重要な経典の法華経に、仏像の創造の大切さを論じているのに、その美的側面が重要であるという認識が足りません。美しさも仏教の大事な教えと言ってもいいのです。日本に、欧米、中国と比べて外国人観光客が極めて少ないのも、そのせいと言っても過言ではありません。  ぶらっと歩いて入ると、すごい仏像がある。それを「すごい」と思うことができると、仏像巡りが楽しくなります。関西以外でも美しい仏像、古い仏像はいくらでもあります。

関東で最も古い釈迦如来像

 東京の調布に、深大寺というお寺があります。このお寺は、もともと水という自然神である深沙大王を祀るお寺であったので、深大寺という名が付いたと言います。つまり、自然信仰の神道と、仏教の神(仏)が合祀されているのです。そこに、金銅でできた『釈迦如来』像があります。お寺自体は天平5(733)年に建立されたと言われますが、この如来様は、白鳳時代の様式を持っています。つまり7世紀の後半のものです。  日本の仏像史の初期のものですから、素朴な感じがあり、アルカイック・スマイルを浮かべています。顔の造作や、衣文の線など、形式的に見えるかもしれません。しかしその線の流麗さ、おおらかさは到底、ほかの時代には生まれ得ない豊かさが感じられます。横から見ても、その体の厚みが感じられ、見事です。 様式が近いと言えば、法隆寺の『夢違観音』や『伝橘夫人念持仏』でしょう。東京の浅草寺も628年にすでに建てられていましたから、白鳳時代、奈良から仏師がやって来ていたのでしょう。  この仏像は明治42年に、寺の元三太子堂の壇下から再発見されたもので、古くからあったことが推測されるのです。いずれにせよ、この像の単純なる高貴さは、日本の仏像史の中でも出色なものです。  この像は2016年に開かれたイタリアの企画展でもあらためて評価されました。そして国宝になりました。 (出典:田中英道・著『日本の美仏50選』育鵬社) 田中英道(たなか・ひでみち) 昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、美術史学科卒。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。また日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会の代表を務める。著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『日本の文化 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本の美仏50選』『日本国史』、最新刊『ユダヤ人埴輪があった!』(いずれも育鵬社)などがある。
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