27の「出身成分」に分類されて支配される北朝鮮の民衆の惨状

『北朝鮮を正しく理解するためのチュチェ思想入門』連載第8回 <文/篠原常一郎:元日本共産党国会議員秘書>

日本のチュチェ思想を学ぶ人々も知る北朝鮮民衆の惨状

 日本のチュチェ思想研究会およびその周りの人たちは、しばしば平壌に行っていろいろな説明を受けています。きれいな所を見させてもらってご馳走も食べさせてもらって、何だ報道と違うじゃないか、北朝鮮は割と発展している、と思っているそうです。  しかし、地方ではとんでもない実態があります。いつまでも農民は苦しいままで、50〜60年の間、変わらない生活をしています。下手すれば電気も十分来ておらず、交通機関も少なく、列車ものろのろ遅いというような環境で、民衆は呻吟しながら暮らしているのです。民衆としては、たまったものではないでしょう。  金一族としては、民衆に逆らわれては困る。そこでどうしたのかというと、チュチェ思想で唯一思想体系というものを決めて、この思想から外れた人は全員、排除するということにしました。  日本のチュチェ思想の人々も、この排除について知らないわけではないことが分かりました。恐るべきことです。2019年4月に発行された彼らの機関誌『金日成・金正日主義研究』169号に、「自主時代をひらく朝鮮人民と沖縄県民の戦い」というタイトルの文章が掲載されています。これは、2019年の初頭に催されたチュチェ思想新春セミナーで、沖縄大学の名誉教授でありチュチェ思想国際研究所の研究員を務めている平良研一さんという方が講演されたものです。沖縄の戦いを振り返りつつ、金正恩さんの新年辞のことを引きながら、平良さんはおおよそ次のようなことをおっしゃっています。

金日成・金正日主義研究全国連絡会発行の機関誌『金日成・金正日主義研究』169号(2019年4月発行)

「金正恩委員長は2019年の新年の辞で次のように述べていました。自力更生の旗を高く掲げ、社会主義建設の新たな進撃路を開いていこう。これが、われわれが掲げていくべきスローガンです。われわれは朝鮮革命の全道程で常に闘争の旗印、飛躍の原動力となった自力更生を繁栄の霊剣としてとらえ、霊剣ってのは霊の剣ですね。社会主義建設の全ての部門で革命的高揚を起こすべきです。」  ここまでが金正恩さんの言葉です。平良さんは、これについて次のような解釈をしています。 「しかし、こうした革命精神に基づく社会主義建設の容易ではないものに対しては、選択を迫られたのは言うまでもありません。個人主義的な欲望が集団主義の原則を崩壊させ、体制の終焉をもたらしかねません。一人はみんなのために、みんなは一人のためにという社会を建設するためには、原則を著しく踏み外し、資本主義的な欲望に走り、民衆の利益を侵害する者に対しては処罰しなければなりません。個人主義、あるいは、利己主義は社会主義の重要な要素である集団主義を破壊します。集団の中でこそ、個人のまっとうな能力、人格が形成されます。個人主義、利己主義は集団の利益を阻害し、押しとどめるものに他なりません。厳しいけれども、人間性に対する、研ぎ澄まされた環境の中で、すなわちチュチェ思想に基づく人間づくりの政策の下で、社会主義建設は進められてきました。」  この言葉を聞いて、多くの日本人はどのように思うでしょうか。

27の「出身成分」に分類されて支配される北朝鮮の民衆

 私たちが住んでいる日本は、自由主義や言論の自由があり、みんなが自分の生き方を選び、自分の幸福を追求しています。まず自分の幸福を追求することで、それが総和して社会全体の発展につながっていくというのが、自由主義、民主主義、強いては市場経済の在り方です。  ところが、チュチェ思想ではその在り方を全否定しています。個人が優先的に利益追求したら、集団が損なわれるからです。だから、そういう人は処罰する。具体的にどのように処罰されるのか。山送りにして死滅させていくというやり方です。これがチュチェ思想の人間論の本質です。  私は連載第2回で「革命的血統」という言葉を用いました。この国は、血統が大事なんです。だから、社会主義の一般理念からも全然変わっている。  民衆においても、領導者以外は「出身成分」というのを決めており、27に分類されています。危険分子や監視分子というのも置かれて、一番悪いのは山送りになってしまう。そうでない人であっても、常に監視されます。  最も良い出身成分が、金日成が抗日パルチザンのときに戦った戦友の一族です(とはいえ、実際に起こった出来事ではありません)。その他、彼らが「祖国解放戦争」と称するところの朝鮮戦争で勲功を挙げた兵士の末裔の人たちは、中核的な部分として社会で優遇されます。  その他の出身成分は、もっと細かい流れの中で、例えば地主の血を引いてるとか、そういうことで差別されます。出世ができなかったり職業選択の自由がない、あるいは、大学に進学できないというようなことが行われています。果たしてどの辺りが理想の社会というのでしょうか。  このような実態がありますから、このチュチェ思想における人間論の美辞麗句に誤魔化されてはいけません。極め付きの言葉は、「人間にとって大事なのは肉体的生命ではなくて、政治的生命である」ということです。「政治的生命とは領導者に忠実で、かつ領導者の領導にしたがいつつ、大きな功績を挙げる人間は、政治的生命体を輝かせた」と。このように、非常に褒めたたえられる。それが朝鮮の公民の一番、理想的な在り方だと言われています。  この北朝鮮社会およびチュチェ思想をモデルに、日本でも人間改造を行って社会を変えようとしているのがチュチェ思想研究会なのです。 【篠原常一郎(しのはらじょういちろう)】 元日本共産党国会議員秘書。1960年東京都生まれ。立教大学文学部教育学科卒業。公立小学校の非常勤教員を経て、日本共産党専従に。筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた他、民主党政権期は同党衆議院議員の政策秘書を務めた。軍事、安全保障問題やチュチェ思想に関する執筆・講演活動を行っている。著書に『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』(岩田温氏との共著、育鵬社)、『日本共産党 噂の真相』(育鵬社)など。YouTubeで「古是三春(ふるぜみつはる)チャンネル」開局中。
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