番外編:カジノを巡る怪しき人々(4)

「ジャンケット」と「エージェント」

 その昔、ラスヴェガスの「ジャンケット」は、連れて行った客の「ロール・オーヴァー」に対するパーセンテージのキックバックで商売していた。「国際カジノ研究所長」が指摘するように、「ターン・オーヴァー(総ベット金額)」へのパーセンテージではない。

 当たり前に50%前後の勝敗結果であれば、「ロール・オーヴァー」は、「ターン・オーヴァー」の約2分の1となる。

 たまたま調子が悪くて負け続けてしまえば、「ロール・オーヴァー」は「ターン・オーヴァー」の5分の1にも届かない、なんてことも起こりうる。

 もちろん、その逆も起こる。詳細は、本連載第二章を参照願いたい。

「ターン・オーヴァー」と「ロール・オーヴァー」の違いすら知らない「日本で数少ないカジノの専門研究者」って、いったいなんなんだろう(笑)。

「ジャンケット」と異なり、現在のラスヴェガスの「エージェント」は、紹介した客のデポジット(フロント・マネー)に対するパーセンテージで商売する。「ターン・オーヴァー」「ロール・オーヴァー」をベースとしたキックバックではない。

 独立した「エージェント」が顧客の「デポジット」に対して受け取るパーセンテージは、ハウスによって異なるし、また客のデポジット額によっても変動するので、一概には言えない。

 だいたい3%くらいの入り口で、5~6%で頭打ちとなっているのではなかろうか。

 企業秘密に属することなので、正確なところはわからない。

 500万円持ち込む客をハウスに連れて行くと、500万×0.03=15万円の収入。1億円持ち込む客をハウスに紹介すると、1億×0.05=500万円の収入。そこから自分の諸経費を差っ引く。

「ロール・オーヴァー」での計算ではないので、たいした収入とはならない。赤字となるケースも多かろう。

 加えるに、現在では、デポジットを1億円するリピーターの打ち手が、ハウスから独立した「エージェント」を使うことは、まず考えられない。

 事情がよくわからない初回はどうあれ、2回目からは使わない。

 これは「ディスカウント」と呼ばれるものが制度としてできあがったので(それまでも、「制度」としてではなく存在したのだが)、そういうことになっている。

 この制度は、ラスヴェガス大手の各ハウスが、それぞれ独自にパトロン(打ち手)個人を評価して与える、まさにお得な「ディスカウント」のことだ。

 10%の「ディスカウント」を持つ打ち手なら、1億円のデポジットには1億1000万円分のキャッシュ・チップが与えられる。キャッシュ・チップとノンネゴシアブル(NN)・チップの違いは、本連載第二章で、よく説明したと考える。

「ディスカウント」の制度とは、まあ、10枚買うと11枚ついてくる、(俗に「一割落とし」と呼ばれる)日本の公営競走における非合法ノミ屋の馬券、車券、舟券と同じようなもの、と思ってくださっても、それほど間違ってはいないはずだ。

 あるいは、日本全国の繁華街には必ず存在する、非合法の「カジノ・クラブ」での、「10万円のバイインに1万円分つくサーヴィス・チップ」とほぼ同様である。

 なぜ「ほぼ同様」と書かなければならないかといえば、「キャッシュ・チップ」あるいは「ノンネゴシアブル・チップ」でいただけるケース・バイ・ケースがあるからだ。

罠を罠として認識すれば、それは罠でなくなる

 数学的控除が1%前後しかないゲーム賭博に、10%の「ディスカウント」をつける? そんなバカな。

 そうお思いになるのも、ごもっとも。

 ところが、ここがゲーム賭博の魔力なのである。

 石井三雄(さんゆう)や井川意高(もとたか)が陥った罠だった。

 ついでだが、罠を罠として正しく認識していれば、それは罠とはなり得ない。

 だけど、デポジットを一回だけ回して帰る客なんて、居やぁしない。

 いや、一回だけ回して帰ろうとするような「姑息な」客なら、まあ、1億円なんて大金をデポジットしないものである。

 よしんば、もし1億円をデポジットをし、一回だけ回して帰る客が居たとしても、その人の次回からの「ディスカウント」率は、極端に悪くなる。

 10%の「ディスカウント」率に驚いてはいけない。

「ターン・オーヴァー」「ロール・オーヴァー」が膨大な打ち手には、ラスヴェガスでは、もっともっと高率な「ディスカウント」が与えられる。

 ラスヴェガス大手ハウス間では、「ディスカウント」は19%で頭打ちとする、ついでに俗に「一年半ルール(論旨から外れるので、説明は省略)」と呼ばれる合意が成立している、と言われているのだが、それが正確に遵守されている、とわたしは思わない。

 個人的には、ラスヴェガスの大手ハウスから、な、な、なんと、21%の「ディスカウント」率を与えられている台湾の実業家を、わたしは一人だけ知っている。

(つづく)⇒番外編:カジノを巡る怪しき人々(5)「年3兆円産業の誕生」

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。