凶器「画びょう」との出会い――若きデスマッチファイター正岡大介の素顔

プ女子ライター・尾崎ムギ子のプロレスレポート

⇒【前編】はこちら ◆凶器との出会い 「狂っている」「キチガイ」――プロレスラーにとって、賛辞である。非日常を求める観客は、「こいつ、ヤバいぞ」と感じた瞬間、一気にそのレスラーの世界に惹き込まれる。カリスマ葛西純の試合は、“キチガイコール”が巻き起こる。……「キチガイ! キチガイ!」  正岡は、どうだろうか。 若きデスマッチファイターの素顔 FREEDOMS代表・佐々木貴曰く、「突き抜けたバカ」。デスマッチは恐怖心との戦い。正岡には、その恐怖心という“人間としての感覚”が欠如している。画びょうでも蛍光灯でも、なんでもかんでもリングに持ち込む。凶器を持ち込めば、試合が面白くなるだろうという単純さだ。  しかし体が小さいため、持ち込んだ凶器で自分がやられてしまう。「バカだから、自分が小さいっていうことも、たぶん気づいてないんですよ」と笑う佐々木の目は、誇らしげだ。こんなやつ、滅多にいないですよ、と。  正岡の得意アイテムは、「画びょう」。両手いっぱいの画びょうを、力の限り握る。血が、ドバドバドバと、リングを赤く染める。数ある凶器の中、なぜ画びょうなのか? 若きデスマッチファイターの素顔「画びょうって、足で踏んだ経験、みんなあるじゃないですか。だから痛みがお客さんに伝わりやすいんですよね。初めて握ったとき、ものすごく痛かったんです。こんなに痛いのか、と。これは相手も痛いに違いないだろうと思って、それからずっと画びょうを使ってます」  ついには「画びょう十字架ボード」を考案し、“手作り”してしまった。 「ボードに木工用ボンドを塗りたくって、画びょうを一つ一つ置いていくっていう、すごい地味な作業なんですけど(笑)。試合で使ったら、それはもう、想像を絶する痛さで……あれはやっちゃダメだなと思いました。でもまた出したいですね」  凶器と痛みについて、喜々として話す正岡は、まるで少年のようだ。少年のように、無邪気で、危うい。 ◆葛西純という壁  今年11月の記者会見で、初めてメインのシングルマッチに出場することが発表された。「死ぬ気でデスマッチやります」と意気込む正岡に対し、カリスマ葛西純は言った。「死ぬ気でデスマッチやってどうする。生きるためのデスマッチを教えてやる」――。 若きデスマッチファイターの素顔 “生きるためのデスマッチ”って、なんだろう。考えても考えても、分からぬまま、大会当日を迎えた。そして試合中、ハッとした。 「葛西純をコーナーに追い詰めたとき、お客さんの『いけ!』っていう声が、鮮明に聞こえてきたんです。そのとき、お客さんの声が、自分にとって生きる活力なんだと思いました。リングは死ぬ場所じゃないんですよね。死んだらお客さんを楽しませられないですから」  観客を楽しませることがすべて、と言う。  試合後のマイクで、「来年中に、必ず葛西純を倒す」と宣言した。マイクの内容は、事前に考えない。マイクを渡されたとき浮かんだことを、そのまま吐き出す。葛西純を、“すぐに”ではなく、“来年中”に倒そうと、リングの上で思ったのだろう。  カリスマを倒すには、どうすれば? 「まずは、シングルマッチで一勝する。後々は……葛西純って、試合で負けてもつねに、葛西純は負けていないんです。勝っても負けても、トップは葛西純。そこまでのカリスマ性というのを……超えたいです」  この日のメインイベント、「カミソリ十字架ボードデスマッチ」。 若きデスマッチファイターの素顔 カミソリが散りばめられた十字架に背中をドンと叩きつけられ、正岡の体から血が溢れ出す。青いリングが、一瞬にして血の海に変わる。「イタっ」……思わず、声に出してしまった。痛いのは私ではなく、正岡だ。しかし痛みが伝染して、私も痛い。  ふと視線を葛西純の背中に移すと、カミソリの、“スパッ”という傷――。 若きデスマッチファイターの素顔 ああ、そうか。葛西にあって、正岡にないもの。それは……“目に見える”体の傷だ。葛西の背中には、無数の傷。どれだけデスマッチを経験してきたか、一目で分かる。対して正岡は、Tシャツで試合をする。まだ思うような体をつくれていないからだ。 「傷だらけなんですけどね。凶器は、貫通するので」  正岡が、初めてデスマッチのリングに立ったそのときから、ひと試合ごとに刻まれてきた傷の半分以上を、私たちはまだ目にしていない。 ◆プロレスと、血 「だから、あの、千種、試合中に口ん中、切るとするでしょ。したらね、その血、パッとリングに吐くの。リングに、血が、赤く、おちるでしょ。おちたら、お客さんにもわかるでしょ。赤いんだもん。それが、千種の血だって。ね。お客さん、その血をみて、思うわけよ。あ、千種の血だ。これは千種が吐いた血だ。千種が口ん中、切ったんだ。千種は、今、痛いんだ」(『井田真木子と女子プロレスの時代』イースト・プレス)  女子プロレスラー長与千種が、1987年、プロレス誌『Deluxeプロレス』で、インタビュアーである故・井田真木子に語った。血が出たことを、痛いということを、けっして隠さない。隠してしまっては、痛みが存在しないのと同じ……。 「血が出たら、血を隠さないで、見せる」――これこそが、プロレスなのではないか、と思う。  レスラーが血を見せると、リアルな痛みが観客に伝わる。痛みが伝わると、観客はレスラーに感情移入する。長与千種は「一心同体」という言葉を使っているが、痛みを共有したレスラーに声援を送ることは、すなわち自分に声援を送ることに他ならない。 若きデスマッチファイターの素顔 正岡はいま、“打倒・葛西純”を目標に掲げ、肉体改造をしている。体ができ上がったら、Tシャツを脱ぎ、裸でデスマッチをやるつもりだ。そのとき私たちは、おそらく傷だらけの背中を見ることになる。無数の傷跡を見て、正岡の痛みの蓄積に触れることになる。いまは隠れて見えなくとも、確実にそこに存在する痛みを、ようやく共有することになるのだ。 ●FREEDOMS公式サイト:http://pw-freedoms.co.jp/ ●『Blood X´mas 2015』12月25日(金) 後楽園ホール 開場18:15 開始19:00 ●2016年・大会情報:1月3日(日)新木場1stRING、1月19日(火)新木場1stRING、2月10日(水)新木場1stRING、2月28日(日)広島産業会館、3月3日(木)新木場1stRING、3月23日(水)後楽園ホール、3月27日(日)大阪城東区民ホール <取材・文/尾崎ムギ子 撮影/安井信介>
尾崎ムギ子/ライター、編集者。リクルート、編集プロダクションを経て、フリー。2015年1月、“飯伏幸太vsヨシヒコ戦”の動画をきっかけにプロレスにのめり込む。初代タイガーマスクこと佐山サトルを応援する「佐山女子会(@sayama_joshi)」発起人。Twitter:@ozaki_mugiko
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