鴻上尚史「安易な子役ブームはヤバい」
『演技と演出のレッスン』(白水社)という本が出ました。以前に出した『発声と身体のレッスン』という本は、おかげさまで好評で、出版以来10年を経て、いまだに版を重ね続けています。この本は、声と体を使う全ての人向けのものでしたが、今回の本は、はっきりと俳優向けの本です。
プロ、アマチュアにかかわらず、とにかく演技の基本を根本からものすごく丁寧に解説し、なおかつ、演技のエクササイズを満載しました。
芦田愛菜ちゃんや鈴木福君の成功で、最近は、子供を俳優にさせたいという母親が増えてきました。
僕が劇場のロビーに立っていると、子供を連れた母親が挨拶に来ることも多くなりました。こういう場合、母親はすごく興奮していますが、小学生であろう子供はキョトンとしたまま、「このおじさんは誰だろう?」なんて表情をしています。「さ、鴻上さんに握手してもらいなさい!」と母親は興奮して叫び、子供は「何故?」という顔をしたまま、やる気のない手を僕の前にだらりと出します。
そういう手をすくい上げて、しっかり握手するってのは、なんだか、泡沫候補の選挙活動みたいで切なくなります。
まあ、後から「じつはあの人はね」なんていう親子の会話が生まれ、お互いの関係が深まるなら、握手をする意味もあるってものですが。
有名な子役が生まれると、一時期、その華やかさに憧れて子供達が児童劇団や芸能プロダクションに殺到します。
この前見たテレビのドキュメンターでは、母親が必死で子供に演技指導をしていました。
「もし、ママが死んでしまったらどう思う?」なんて言い方で、「泣く演技」を教えようする場面がありました。その様子に「やばいよなあ」と僕は思わず唸っていました。
◆「演技」と「嘘」はまったく違うものだ
基本的に、僕は日本人の表現力が向上することは大切なことだと思っています。「気持ちはきっと伝わる」だの「思いは届く」だの、コミュニケーションとテレパシーを混同しがちな僕達日本人ですが、「どんなに気持ちがあっても、それを声で言葉に、体で態度にしないと伝わらないでしょう」という当たり前のことを何万回も確認することはとても大切だと思うのです。その意味では、引っ込み思案の克服とか人間関係の上達のために、演技を習い始めるのは良いことだと思うのです。
が、どうも、テレビのドキュメンタリーを見ていると、「演技で一番大切なことはアピールすることで、どうやって自分の感情と声、動きを相手やカメラに届けるか?」を目指していると感じるのです。
そうすると、大げさに泣くことが演技なんだと思い込んだ子供達が大量に生まれます。が、アピールして泣くことは、演技ではありません。それは、嘘です。演技は嘘ではありません。演技は本当のことなのです。
子役の演技に僕達がつい、涙腺を緩ませるのは、子供は演技に集中する過程で、嘘とリアルが混同して本当の感情で「泣く」ようになるからです。ちゃんとリアルな感情があるから、観客もつられて泣くのです。
大人になると、なかなか、本当の感情では泣けなくなります。「この演技でいいのか?」「涙はちゃんと出ているのか?」「アイラインが流れ落ちてて変になってないか?」いろんなことを考えて、リアルに泣いている場合ではなくなります。
けれど、子役のパワーとは、そんなめんどくさいことをすっ飛ばして泣けることです。が、レッスンを積んだ子役は、大人と同じようにカメラの方向を意識して泣くようになります。そこには、本当の感情はありません。ただ、技術があるだけです。
ただし、演技とは、本当の感情だけがあればいいってもんではありません。本当の感情と意識的な技術が重なり合った共通部分が、本当の演技なのです。
カメラ映りなど意識的な技術を目指せば、感情はどんどん醒めて冷静になります。リアルな感情だけを追求すれば、興奮してセリフや立ち位置は目茶苦茶になります。本来矛盾しがちな感情と技術を深い部分で両立させるのが、演技なのです。
というようなことを丁寧に書きました。よかったら、知り合いの俳優・俳優志望者・社会人劇団の人達に勧めてください。んじゃ。 <文/鴻上尚史>
― 週刊SPA!連載「ドン・キホーテのピアス」 ―
『ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)』 『週刊SPA!』(扶桑社)好評連載コラムの待望の単行本化 第19弾!2018年1月2・9日合併号〜2020年5月26日号まで、全96本。 |
『演技と演出のレッスン ─ 魅力的な俳優になるために』 ロングセラー『発声と身体のレッスン ─ 魅力的な「こえ」と「からだ」を作るために』の続編! |
『不謹慎を笑え (ドンキホーテのピアス15)』 週刊SPA!の最長寿連載エッセイ |
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