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はたち?にじゅっさい?『二十歳の原点』誰も知らない本当の読み方

鴻上尚史

はたち?にじゅっさい?『二十歳の原点』誰も知らない本当の読み方

 3回目のPCR検査を受けながら、粛々と5月15日から始まる芝居『アカシアの雨が降る時』の稽古を続けています。  70歳の女性が認知症になった結果、自分のことを20歳と思い込む所から始まる物語です。彼女は、1970年代初頭に生きてると思い込むのですが、その頃のアイテムのひとつ『二十歳の原点』が登場します。  知ってます?  鉄道自殺を遂げた立命館大学生、高野悦子さんの1969年1月から6月までの日記です。出版は1971年。現在まで版を重ねて230万部の大ベストセラーになっています。  今回、『アカシアの雨が降る時』のために再読したのですが、単語は古くなっていても、彼女の苦悩や葛藤、思考は決して古くなってないと感じました。

著者がどちらと捉えていたかは誰にも分からない

 でね、話は少しそれるのですが、『二十歳の原点』を「はたちの原点」と読むか「にじゅっさいの原点」と読むか、の問題です。  ウィキペディアでは、「正しくは『にじゅっさい』のげんてん」である」と書かれていて、腰が抜けそうになりました。  ただし、「国立国会図書館の蔵書検索においては『はたち』のげんてんと登録されている」とも書かれています。  当然です。あの時代、圧倒的多数は、「はたちの原点」と読んでいました。  1971年に出版された単行本の「二十歳の原点」では、読み仮名が振られていませんでした。  ですから、多くの一般的読者は自然に「はたち」と読んだのです。が、今回、文庫本を買うと、タイトルに読み仮名が振られていて「にじゅっさい」となっていました。  そもそも、「二十歳の原点」は、高野悦子さんの日記の中の有名な文章、「『独りであること』『未熟であること』、これが私の二十歳の原点である」から取られています。  ですから、高野さんがこの文章を「はたち」と読んだのか「にじゅっさい」と読んだのかが問題なのですが、それは今となっては、残念ながら誰にも分からないわけです。
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読み方はあいまい、書き文字は重要
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