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「タモリのいいところは、ネタをすぐ自分のモノにする」喜劇人・小松政夫が明かす、大御所スターの知られざる伝説

 ’82年にスタートし、当時まだアングラ色の強かったタモリを、一躍、フジテレビの”お昼の顔”にした『笑っていいとも!』。この番組について、小松は「実は、当初はフジテレビのプロデューサー横澤(彪)さんが、アタシとタモリのコンビでどうかって話だったの」と、驚きの事実を明かしている。

ゴルフがやりたくて『いいとも!』を断った

「(出演オファーを受けて)条件はなんですか? ってアタシが聞いたらさ。横澤さんが『月曜から金曜まで、朝の10時入りです』って言うから、ゴルフ行けなくなっちゃうなぁと思って断っちゃった。当時のアタシはゴルフに夢中で、その頃タモリはゴルフをやらなかったんだよね。長ーい目で見たら『笑っていいとも!』があんな番組になって。タモリが国民的人気になるなんてね、なんか不思議だよね」  まさかその後、番組が30年以上にわたって続くとは、本人含め当時は誰も予想していなかったかもしれない。また、そんなタモリの”笑い”について小松氏はこう評している。 「タモリのいいところはね、音感がいい、ネタをすぐ覚える、ふくらます、アレンジがうまい、すぐ自分のモノにする。とにかくね、耳がイイんだ。今思えば湧き出る泉のごとくアイデアが生まれたんだよね、タモリがいると。  例えば、アタシがクレイジーキャッツについていた頃、谷啓さんと一緒に岩風呂に入っていたんだ。谷さんが風呂場の隅の方で、目だけを光らせてジッとしている。で、『ワニ!』って言いながら両手足を床につけて湯船にスルスルスルッと入ってきた。おかしかったねぇ、それから大浴場に入るたんびに2人でワニのマネをやってた。  この話をアクションつきで教えたら、すぐにタモリ流の『イグアナ』にアレンジしちゃったね。元ネタより面白いから参っちゃうよね」  まさかタモリのイグアナ芸の原点がそんなところにあったとは!? 当時の芸能界はそれほどまでにおおらかで、ゆとりある時代だったのかもしれない。貴重な芸能史を彩るさまざまなエピソードの数々を、ぜひ本書でチェックしてみてほしい。 <文/日刊SPA!取材班> 【小松政夫】 1942年1月10日、福岡県博多生まれ。日本喜劇人協会会長(第10代)、コメディアン、タレント、俳優、声優。植木等の付き人を経て芸能界デビュー。伝説のバラエティー番組『シャボン玉ホリデー』に出演し人気者に。伊東四朗とのコンビ芸で『みごろ! たべごろ! 笑いごろ!!』『笑って! 笑って!!60分』などの番組で一世を風靡し、「デンセンマンの電線音頭」「しらけ鳥音頭」「タコフン音頭」などのヒット曲を連発。著書『時代とフザケた男 ~エノケンからAKB48までを笑わせ続ける喜劇人』が発売中
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時代とフザケた男

エノケンからAKB48までを笑わせ続ける喜劇人

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