雑学

「公正中立」な報道なんてないのだから――時事芸人・プチ鹿島×評論家・荻上チキ対談

安倍首相とイデオロギーと新聞


荻上:今回、本を書くのにあたって、各社の社史を取り寄せて読んだんですが、面白かったのは、産経には公にしている社史がないんです(笑)。

鹿島:そうなんですか?

荻上:改めて産経は若い新聞なんだなと思いました。一番伝統がない新聞で、そこが一番、「歴史」だ「伝統だ」と言ってるのが面白いなと。歴史を語るんだったら、まず社史をお作りになったほうがいい。

鹿島:僕は産経を「いつも小言を言っている和服のおじさん」とキャラ付けしたんですが、ズバリかもしれませんね。歴史がないからこそ、保守的であることが自分のアイデンティティになるというか。

荻上:本にも書きましたが、終戦の日の靖国神社参拝者のうち若い人のほうが「俺は保守」と意味づけをして参拝をしていたりするんです。戦争体験をしている保守と、安易に「国交断絶」とか口にしちゃう危機意識があるかのような雰囲気を出したい人とは、同じ保守でも違いますからね。

鹿島:「保守とは何か?」というテーマになると、安倍さんだって本当に保守かと言ったら、微妙ですよね。

荻上:結構、設計主義者ですよね。

鹿島:ただ、安倍さんになってからイデオロギーと新聞のカラーが露骨に分かれていったのは確かです。

荻上:誰を仮想敵にするかで、メディアの立場は変わりますよね。おおむねメディアは政権をチェックするから、仮想敵というかチェック対象は政権のはずなのに、最近は、「仮想敵として政権をチェックするメディアを批判する」という分岐が起きている。それが露骨で、応援団的メディアが出たり、それを批判するネットメディアが出たり、なんか有象無象になってしまっています。

鹿島:「安倍政権」という野球場には、1塁側に読売と産経がいる。僕自身は、本来、ジャーナリズムは3塁側にいるものだとは思います。でも、現実にこの2紙は一塁側を陣取っている。じゃあまぁ、どんなヤジを飛ばしているかというところを楽しんじゃおうと思っています。

「『安倍政権』という野球場には、1塁側に読売と産経がいる」(プチ鹿島)

荻上:「朝日だから」というようなレッテル張りだけをしていると、誤報など何か問題があったとき、本来、チェックすべき点を見誤って論点がずれてしまう可能性がある。

 昨年、日本維新の会の議員が「マスメディア、マスコミの信頼度を下げなくてはいけない。真っ当な憲法論議をするために」と言ったのを覚えてますか?「何を言っているんだか」とは思ったんですが(笑)、でも、有害なマスメディアをなくしさえすればいい、という論理はあるわけです。

 それこそ、安倍さんが就任前のトランプさんに会った時、「私とあなたには共通点がある。あなたはニューヨークタイムズに勝って私は朝日に勝った」と言ったそうですけど。

鹿島:「そう言ってトランプの心をつかんだ」と、産経が嬉しそうに書いてましたね(笑)。

荻上:そんなバカなとも思うんですけど(笑)。ネット空間では、新聞が何かの象徴として語られるんですね。新聞を中心にいろんな論壇が形成され、一方で、新聞に取り上げられない論点も、「新聞に取り上げられていない」という点で盛り上がったりもする。取り上げてないことがモチベーションになって、「取り上げてない! 偏向だー!」と過熱するネット住民も右にも左にもいるので。

鹿島:でも、例えば、デイリースポーツの愛読者は、阪神が一面じゃないことで、「今日は大きなニュースがある」ということを知るわけです。そのくらいの度量があっても、いいのではないかと思いますね(笑)。「何で阪神が一面じゃないんだ!」と、ずっと怒っていても仕方ないじゃないですか。時には阪神のネタじゃない、でかい話題もあるわけですから。

荻上:2年前位前に『犯罪白書』が発表されたとき、読売新聞はその年の白書が特集した性犯罪の再犯率を取り上げたいい記事を出したんです。通常、役所が公表する白書ってリリース通りに報道するから各紙横並びなんですが、たまに良記事にしたりもする。もちろん、それがあたり前になってほしいんだけど、こうした記事を目にすると、少し希望を抱きます。産経新聞だって、以前、とてもいいセクシャルマイノリティの特集を掲載したこともありますし。

鹿島:深掘りする力って、新聞はさすがにまだありますよね。昨年の座間の殺人事件があったとき、各紙、社説で「ネットの闇」とか「一時的な感情でつぶやいては駄目だ」とか言っていたんです。でも、2~3週間後には、自殺問題の専門家のコメントを載せながら、「死にたいとつぶやくことで救われることもある」とか、「死にたいとつぶやく人たちをどうすればいいのか」といった記事を出していて、それは読み応えがありました。

荻上:あの流れは面白かったですね。各紙おそらく、NPO自殺対策支援センター・ライフリンクの清水康之さんや精神科医の松本俊彦先生、フリーライターの渋井哲也さんとつながりながら、仮想敵を変えたんだなと思いました。最初は、新聞も「ネットの闇」がターゲットでしたが、それを規制しようとする政府に攻撃対象が変わって、ネットを安易に規制してはいけないみたいな流れになった。

鹿島:おじさんたちも変わるんだ! と、とても面白かったですね。チキさんも本の中で、LGBTなどの問題で保守的な新聞の論調が変わっていくことが、世の中が変化でもあると指摘されていましたよね。確かに保守的な新聞の変化はある種の転換点だと言えます。

荻上:最近の産経新聞のスタンスは、「差別は問題で人権には配慮しなくてはいけないが」とか、「他の制度で対応できる」といった表現になっているんですね。同性婚などに対して、「あくまで差別はしないけれども、反対」という論調なわけです。誰でも口にできる言葉を安易にふりまいてる、という点では警戒が必要だけれど、それぐらい配慮しなくてはいけない程度には浸透してきたとも言える。留保をしなくてはいけない社会にまで変わったわけで、ポリティカルコレクトネスのレベルが動いたというか。こうした点は、産経新聞の動向から見ていきたいとは思いますね。

鹿島:ちょっと話は違いますが、自衛隊のPKO日報問題や都知事選での応援演説でミソをつけた稲田朋美元防衛相について、教育勅語の時に読売が見放し、最後、産経も彼女の政治家としての資質を疑いだした。荻上さんの本で、丁寧に事実を追っていて、改めて彼女が保守陣営の期待の星だったのだと思いましたが、産経もついに書いたというのが最高でした。

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地方紙「東京新聞」が注目される理由

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芸人式新聞の読み方

「川口浩探検隊とプロレスでリテラシーを学んだ」と言う時事芸人・プチ鹿島氏が、新聞の楽しみ方を指南する一冊。「この世界は、白黒つかないものばかり。だから、自分の中の正義を疑い、新聞を味わい、人間の営みを楽しむのだ」(本書より)


すべての新聞は「偏って」いる ホンネと数字のメディア論

安保法制や軽減税率など過去の新聞記事を引用しながら、あるいは独自データを用いながら、各メディアの「クセ」を提示。「バイアスのないメディアなど存在しない」という前提に立ち、その「クセ」を詳らかにすることで、分断する社会で溢れる情報とつきあう具体的スキルを提示する。





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