ザ・デストロイヤー “白覆面の魔王”はニッポンのセレブリティー――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第18話>
デストロイヤーと日本は、不思議な運命の糸で結ばれていた。
40代になった“白覆面の魔王”は発足まもない全日本プロレスのリングで「この試合に負けたら全日本の一員になる」という条件で馬場とシングルマッチをおこない、敗れ、約束どおり全日本プロレス所属となった(1972年=昭和47年12月19日、新潟)。
1970年代前半の全日本プロレスの主力メンバーは馬場、ジャンボ鶴田、デストロイヤー、“オランダの柔道王”アントン・ヘーシンクAnton Geesinkの4人だった。
アメリカ人レスラーとしては初めて日本の団体所属選手となったデストロイヤーはそれから約7年間、東京に在住することになる。それはデストロイヤー自身の決断であり、家族の選択だった。
“ヘンなガイジン”デストロイヤーはテレビ・タレントとしてバラエティー番組『金曜10時!噂のチャンネル!!』(日テレ系)にレギュラー出演し、和田アキコ、せんだみつおら人気タレントとコントを演じてお茶の間の人気者になった。
多感な10代を日本で過ごした長女モナ・クリス、長男カート、次男リチャードは日本語がペラペラなアメリカ人になった。
1970年代のデストロイヤーはアブドーラ・ザ・ブッチャー、ミル・マスカラスらと因縁ドラマのロングランを演じ、“覆面十番勝負”では世界じゅう(?)からやって来たありとあらゆる新キャラクターのマスクマンと闘った。
“日本組”としての最後の試合は、やっぱり馬場とのシングルマッチだった。
友人であり、ライバルであり、おたがいによき理解者であったデストロイヤーと馬場は、もういちどだけ闘い、こんどはデストロイヤーがバックドロップで馬場からフォールを奪った(1979年=昭和54年6月14日、東京・後楽園ホール)。
アメリカに帰ったデストロイヤーは、ホームタウンのニューヨーク州アクロンで少年向けアマチュア・レスリングのコーチになった。
もともと学校の先生だから、教えることは無条件の喜びなのだという。50代のデストロイヤーは、毎年夏になるとバケーションのような感じで1シリーズだけ全日本プロレスのリングに帰ってくるようになった。
マスクマンはトシをとらない生きものだけれど、やっぱりどこかで区切りをつけたかったのだろう。
デストロイヤーは日本での引退セレモニーを望んだ。デストロイヤーのとなりには馬場とプロレスラーとしてデビューしたばかりの息子カートが立っていた。
62歳になったデストロイヤーは6人タッグマッチでひと汗かいて、日本のファンに笑顔で別れを告げた(1993年=平成5年年7月28日、東京・日本武道館)。
デストロイヤーは毎年8月、東京・港区の“麻布十番祭り”に必ずやって来るようになった。デストロイヤーの露店にはミニチュアの白覆面、Tシャツや人形などのデストロイヤー・グッズが並んでいる。
デストロイヤーはいつも流暢な日本語で、お客さんひとりひとりと楽しそうにおしゃべりをしてくれた。
2017年、日本とアメリカのスポーツ文化交流、その発展・振興に寄与した功績を認められ、プロレスラーとしては初めて旭日双光章(叙勲)を受賞。
往年の“白覆面の魔王”としてマスクをかぶってセレモニーに登場した87歳のデストロイヤーの姿が、時空を超えて、21世紀のテレビとインターネットの動画画面に映し出された。
●PROFILE:ザ・デストロイヤーThe Destroyer
1930年7月11日、ニューヨーク州バッファロー出身。本名ディック・バイヤー(日本でのカタカナ表記は一般的にベイヤー)。1954年、素顔でデビュー。1962年、ロサンゼルスでマスクマンに変身。WWA世界王座通算3回保持。ノースアメリカン王座(ハワイ)、インターナショナル王座(モントリオール)も獲得。USヘビー級王座“永久保持”。
※文中敬称略
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文/斎藤文彦
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