更新日:2022年12月17日 22:34
スポーツ

40歳で世界初の“クラウドファンディングJリーガー”になるまで。ヤンキー高校、本場ブラジルの過酷な環境を経て…

安彦考真

高三でブラジル留学、「裏切り者」が飛び交う日常

 厳しい環境のなかでも諦めずにプロを目指していた安彦氏。高校三年生の夏、ブラジルへのサッカー留学を実現させる。当初1か月の予定だったが、サイドバックの正選手が離脱。同じポジションだった安彦少年は監督から残るよう頼まれる。 「学校にも親にも確認せず、ただ一言『ハイ』っと。両親には相当怒られたと思うんですが、どう説得したのか覚えてないんです。ただ、プロまで育ててくれるなら残ります、みたいな手紙を監督の前で読み上げて」  ちなみに、現在はポルトガル語の通訳もできる安彦氏だが、当時はサッパリだったという。監督への手紙もスタッフに訳文を書いてもらったそう。 「サッカー自体はボディランゲージだけでもなんとかなりますが、もっと伝えたくなるんです。すると、どうしても言葉を覚えるしかない。伝えたいから覚える、みたいな。あくまでも覚えることは手段であって、目的ではなかったんです。伝えるのが目的なので、僕はそうなってくると強い。目的が明確になった瞬間、手段に没頭できるタイプ。目的がわからないのに勉強させられるのって辛いでしょう」  そのため、話す聞くなら完璧だが、書くのはいまだに苦手だという。ともあれ、ブラジルで3か月を過ごし、大会にも出て、そろそろ高校卒業が危ないという頃に帰国。卒業後も再び渡伯し、トータルで居た年数は2年半に及んだ。日本と外国ではまったく価値観が異なることは言うまでもない。そこには様々な苦労が伴っていたことは想像に難しくないが、実際のところどんな暮らしぶりだったのだろうか。 「例えば『お前の母ちゃんデベソ!』とブラジル人に日本語で言わせて僕らが面白がるのと同じ要領で、言葉がわからない僕に本当に酷い言葉を言わせる。なんだかわからないけどウケるから僕も繰り返す。近所の人にひどく叱られるまで気づかず、年中からかわれていました」  留学中は違和感を覚える出来事だらけ。安彦氏によると、“国を知るすべとして言葉がある”という。ブラジルの日常には、裏切り者(=トライーラ)というポルトガル語が飛び交っていた……。 「寮では洗濯物を外に干すんです。ある日、帰ってくると干していた練習着がない。パッと見たらチームメイトが僕のアディダスのハーフパンツ穿いているわけ。もう平気で盗むんですよ。あとは契約満了の選手が黙っているんですね、明日からいないってことを。まだまだ居るように振る舞って、ちょっとそのカメラ貸して、明日には返すね。で、2度と戻ってこないと。あいつはトライーラだ。またトライーラだ。僕らは『あいつは裏切り者だ!』なんて、日常で使わないじゃないですか。普段から溢れている言葉は、現象として起きているんだなって」

ブラジル人がサッカーにハングリーなのは稼げる現実的な仕事だから

 価値観の違いだけではなく、食事や衛生環境にも辟易した。「硬いパリパリの米と、まずいフェジョンっていう豆料理と、目玉焼きくらい」。まともに食べていた記憶はないそうだ。何より困ったのが水。 「止まるんですよ。3日間とか。そのときのトイレったら。クソ、ペーパー、クソ、ペーパーのミルフィーユが便器に溜まって、最終的に溢れちゃう。それが普通。その中で生きていかないと、何も勝ち得ない。ブラジル人はこなしているわけですからね。その国の当たり前をきちんと受け入れようと。日本ではこうだから、は通用しないなと。忍耐力とか適応能力はそこで身についたのかもしれません」  かといって、安彦氏は「劣悪な環境だからブラジル人はハングリーだ」という意見には同意をしない。 「単純にその国で一番稼げるのは何かということ。当時のブラジルでは泥棒するか、サッカー選手になるか。サッカーは彼らの特技であり、なおかつ好きなことで、お金も良い。大学出て、大企業に入ったら良い生活ができるとされる日本は、みんな勉強に没頭する。日本人だってハングリーなんですよ、勉強することに対しては。ブラジル人のサッカーで食っていくんだというガッツは、日本の受験生と一緒ですよ。ハチマキ巻いて寝ずに勉強する彼らだってギラギラしている」
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“本当の理由”を隠して通訳・指導者の道に…
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編集プロダクション勤務を経て、2002年にフリーランスとして独立。GETON!(学習研究社)、ストリートJACK(KK ベストセラーズ)、スマート(宝島社)、411、GOOUT、THE DAY(すべて三栄書房)など、ファッション誌を中心に活動する。また、紙媒体だけでなくOCEANSウェブやDiyer(s)をはじめとするWEBマガジンも担当。その他、ペットや美容、グルメ、スポーツ、カルチャーといった多ジャンルに携わり、メディア問わず寄稿している。

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